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zoom RSS ニッポンぶらり鉄道旅 JR富良野線のつれづれぶろぐ

<<   作成日時 : 2015/07/20 23:27   >>

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 先日、7月16日、NHKのBSプレミアム「ニッポンぶらり 鉄道旅」で、私、ふらぬいの故郷の鉄道、JR富良野(ふらの)線が紹介されておりました。私のふるさと、北海道富良野は夏にはよく紹介されるのですが、JR富良野線紹介は珍しいことなので、鉄道大好き人間のふらぬい、JR富良野線はまだまだ今JR北海道で話題の廃線区間にはなりませんようにと応援のつもりで「鉄道旅 JR富良野線」視聴させていただき、ブログに認めることにしました。

北海道のJR富良野線は、北海道第二の都会旭川市、かっては「氷点の町」、現在は「旭山動物園の町」、と言われていたような大都市と、北海道の一大観光地であります、「美しい丘の町」美瑛そして、「北の国から、優しい時間、風のガーデンの舞台とスキー場の町」と言うより「ラベンダーの町」と紹介されている富良野とを接続する北海道を代表するローカル線、ローカル鉄道なのですがね。新聞のテレビ番組欄には、”ラベンダー畑を抜けて富良野へ”そして”高山植物や山の中の牧場を初体験”と書かれておりました。ちとタイトル付けに異論をはさみたくもなりましたが、せっかく全国に放映してくれるのですから、じっと耐え忍ぶことに致しましたが・・・。でも、ふらぬいは全国に放映して頂きNHKに感謝の気持ちももちましたよ。

それで、JR北海道の富良野線です。
JR富良野線は旭川駅から富良野駅まで55キロ。開拓者精神の寝付く沿線を旅していると、今もアツい「新開拓魂(フロンティア・スピリット)」を内に秘めた方々と出会うことができる。十勝岳ではなく大雪山で行われていたのは華やかな山開き。その陰では、地道に山を守ってきた人々の姿が。故郷の産業を守りたいとラベンダーの栽培に人生をかけた男性や、新たなスポーツイベントの立ち上げに汗を流す人など、パワフルな方々が次々に登場。富良野線沿線に生きる人々の、困難に立ち向かい、自力で未来を切り開こうという、パワーと情熱に触れる旅と副題にもありましたので懐かしいJR富良野線沿線の紹介に期待が膨らみました。

それでJR北海道の富良野線の紹介です。

JR北海道旭川支社富良野線
http://www.jrasahi.co.jp/contents/facilities/station/furano.html

JR北海道では富良野線の観光地美瑛・富良野にこの夏もかなり期待しているようですよ。ノロッコ号とか、札幌と富良野を結ぶ、特急フラノラベンダーエクスプレス号を走らせるそうですから・・・。出かける予定のある方には特別列車の運行、参考になりますよ。
https://www.jrhokkaido.co.jp/press/2015/150427-2.pdf

このニッポンぶらり鉄道旅、JR富良野線の出発は新装なった旭川駅が起点でした。この鉄道旅を案内してくれる女性、女優の瀬戸さおりさん、はまず旭川の現在の名所、旭山動物園を巡りました。旭川市を訪れる旅人は旭山動物園訪問は外せませんからね。それから気動車ラベンダー号(1〜3両連結のディーゼルカー)に乗って旅が始まりました。私、ふらぬいが学生時代、当時は国鉄でしたが、旭川を出発する富良野線に乗るには旭川駅舎から一番離れた場所(途中、旭川を通過する主要路線の線路、ホームが駅舎の近くにあり、その先に貨物線の線路が数十本あり、さらに一番外側、鉄道線路の下を地下道でくぐり抜けた一番の外れ)に富良野線ホームがあったのです。私、ふらぬい、大学生時代の札幌から上富良野帰省は都会を離れ、富良野(上富良野)の山奥?に帰るのだとの心構えをその富良野線ホームで行ったのでした。

現在のJR富良野線での旅立ちは旭川駅を通過する各路線と一緒のホームが使え、本当に明るいものになったようです。

案内の女性、瀬戸さおりさんです、は西御料で神居町の自然牧場、西聖和で大雪山のお花畑を紹介しました。JR富良野線に乗ってこれらを紹介することは珍しいことですので、ちと驚きましたが・・・。多分まだ旭川市内の感覚なのでしょう。石狩川の上流忠別川のさらに上流の天人峡温泉ではなかったのですが、ふらぬいには新しい感動でした。大雪山旭岳の高山植物は問題ありませんが、その場所が上川(かみかわ)町でしたからね。JR富良野線とはあまり関係はないのです。そこは目をつぶります。
美瑛は丘の町、美しい丘の畑をドローンで紹介。拓真館の故前田真三氏の写真とは違ったものを求めているようです。
美瑛からはノロッコ号で中富良野町のラベンダー畑駅(臨時駅です)へ。ラベンダーで有名なファーム富田ではなく、北星山ラベンダー園訪問と移住者(新しい開拓者)に離農者の住まいをリノベーションして提供する方の紹介でした。ここでは私、ふらぬいの友人(東京近郊在住です)のことを思い出して涙が出ました。大都会で生活している友人の実家はまだ富良野にあります。現在では無人になっておりますが年1回、空気の入れ替えと建物自体に問題が無いかを確認に帰省するのだとか・・・。ふらぬいの富良野時代の友人で都会に出てきて働いている友人は多く、彼(女)らの実家は父母が亡くなり、兄弟姉妹の誰かが家を継いでいないと空き家にせざるを得ないのだそうです。そんな空き家を再生させるたくましい後継者があらわれたかのようです。実際は新しい開拓者が住んで生活してくれないと問題は解決しないようですがね。

今回の「ニッポンぶらり鉄道旅 JR富良野線」を視聴していて、かって富良野沿線住人で富良野線を利用していたものとして不思議に感じたのは、JR富良野線から天気が好ければ必ず目に入る十勝岳連峰がまったく紹介され無かったことです。JR富良野線は十勝岳連峰を仰ぎ見、国道237号線(花人街道)をもう一方に仰ぎ見て走ります。国道237号線沿いにラベンダーを含め四季の花々が季節を彩ります。まして富良野盆地を開拓した方が北の大地に鍬入れした場所も国道237号線沿いにありました。そのことがまったく触れられておりませんでした。それは多分、この「ニッポンぶらり鉄道旅 JR富良野線」撮影の期間中、十勝岳連峰は雲に隠れて姿を現さなかったからではないかと考えるのです。美瑛の白金温泉も青い池の紹介もなかったですし、上富良野の十勝岳温泉や吹上温泉、さらに富良野岳のお花畑の紹介もありませんでしたしね。ただ、これらは民放のTV番組で何度か紹介されていましたので省いたのかもしれません。

あっ、それで、富良野線沿線の各市町村の観光協会のページを貼り付けますので、JR富良野線沿線にはこのような観光名所があると確認してください。もちろん、パスして頂いても結構ですよ。

@美瑛町
美瑛町観光協会
http://www.biei-hokkaido.jp/
A富良野市
ふらの観光協会
http://www.furanotourism.com/jp/
B上富良野町
かみふらの十勝岳観光協会
http://www.kamifurano.jp/
➃中富良野町
中富良野町観光協会
http://nakafukanko.com
D南富良野町
南富良野まちづくり観光協会
http://minamifurano.main.jp/
E占冠村
占冠村づくり観光協会
http://shimukappu.com/

あの、旭川市は除いています。また、南富良野町、占冠村は一応、富良野沿線各市町村の位置づけですので貼り付けさせて頂きました。

JR富良野線は富良野駅が終点です。今回の「ニッポンぶらり鉄道旅 JR富良野線」の最終目的地の富良野ではフラノマルシェの建物が見えた(紹介はなかった筈)ものですから、私、ふらぬいの母校、北海道富良野高校も近くにありますのでカメラにはいるのかと期待しましたが、そんなことはありませんでした。私、ふらぬいは高校生時代、上富良野駅から富良野駅まで富良野線で通学しておりまして懐かしい感じがしました。通学列車の上富良野駅出発は朝6時30分の始発列車で、この列車に乗り遅れると次は2時間後で高校の授業開始には間に合いませんでした。

実はJR富良野駅は交通の要衝の位置にありまして、根室本線が通っております。根室本線は私が高校生時代は滝川から、帯広、釧路を越えて根室まで接続しておりました。いつの間にか釧路と根室間は花咲線と名前を変えておりました。さらに、あの石勝線が開通してから、根室本線は狩勝トンネル内で途切れてしまっておりまして、根室本線の新得駅を出た気動車は狩勝トンネル内で石勝線と接続してしまっておりました。つまり、根室本線は根室本線落合駅の次の駅、根室本線新得(しんとく)駅で途切れてしまっているのです。それで、これは噂の話ではありますが、滝川ー富良野−落合、新得間を繋ぐ根室本線の運行見直し(廃線?)の機運がJR北海道にあるのだとか・・・。
よくよく考えますと、釧路や帯広から富良野、滝川、旭川に鉄道で旅行するにはとてつもない遠回りをしなければいけないようになるのかも知れません。どうして根室本線をこのような路線にしてしまったのか不思議に思いますが、JR石勝線で事故が頻発した時に(バックアップとして)どうして根室本線を使えなくしたのが何故なのかわかりませんでした。JR北海道としてはやはり根室本線の滝川−富良野−落合、新得間は廃線にする意図があったのでしょうか。

ニッポンぶらり鉄道旅 JR富良野線のつれづれぶろぐでした。

JR富良野線の前身は1899年、旭川ー美瑛を接続する十勝線であり、その後、上富良野、下富良野(富良野)と延伸して、1909年に釧路まで接続、釧路線になります。1913年に滝川ー下富良野(富良野)が接続、旭川ー富良野間は富良野線になったのだそうです。滝川−釧路は釧路本線と呼称され、1921年釧路ー根室の延伸が完成、滝川−根室を根室本線と呼称するようになったのです。JR富良野線はそれなりに歴史のある路線だったのです。

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