『北の国から』が30年ぶりにBSフジにて再放送されています

7月18日の夜、10時過ぎです、なにげなく(少し違いますね。実は、思いっきり、なでしこジャパンワールドカップサッカー優勝の余韻に浸っていましたからね)、BSフジにチャンネルを合わせてみると、あの不朽の名作ドラマ『北の国から』の初回の番組が放映されていました。なでしこ優勝に気分を良くしていましたが、こちらは懐かしい気持ちで観ましたよ。30年前のあの番組の放送です。なんと言いましても、私、ふらぬいの故郷、富良野が舞台でしたからね。しかも、当時、1981年10月ですから、富良野も今のようには観光地にはなっておりませんでしたし、JR、国鉄かな?富良野駅も上富良野駅から富良野高校通学に使っていた駅とはそんなに変わってはいませんでしたからね。黒板五郎親子が住むことになる富良野の山奥、私達は布部の山奥と言っていたのかな、あの麓郷(ろくごう)の地名も懐かしい響きでした。高校時代、その麓郷から通学している友人もおりましたが、私自身、高校時代にも麓郷には出掛けたことがありませんでしたので、TV放映された麓郷を観て、あのようなところかと変に納得したりもしました。あのもちろん今では観光地になった麓郷には何回か訪れて知ってはいますよ。
富良野の自然については、当時からもともと熊が出没するところでもあり、少し十勝岳連峰の山懐に近づけば近づくほどあのような感じで、あまり違和感はありませんでした。ただ、会社の先輩からは、君の故郷は北海道の中でも、すごい田舎なのだね。人とキツネが、人と熊が一緒に住んでいるところなのだね、などとの話しに切り替わってしまってはいましたがね。私は北海道、富良野では人と動物、人と自然の共生が人間が暮らしていく上では非常に大事なことなのですよ、などと述べるにはまだまだ若すぎました。

あとで調べてみて、このブログになるのですが、富良野在住の倉本聰さん原作、脚本による不朽の名作ドラマ『北の国から』を、放送開始30周年を記念し、BSフジにて7月18日(月)22時より放送が開始されている事がわかりました。全24話、毎週月曜22時から放送されるとのことです。もっと早くから計画されて周知もされていたのでしょう。私が知らなかっただけと思います。

期待がつのります。それで、BSフジの宣伝をするつもりは無いのですが、興味有る方のために、下記宣伝します。

連続ドラマ『北の国から』全24話(BSフジ)
2011年7月18日(月)スタート 毎週月曜22:00~22:55
http://www.bsfuji.tv/top/pub/kitanokunikara.html


今回の30周年記念の放送について、倉本聰さんは「このドラマは、都会に住んでいた黒板五郎が子供たちをつれて、あえて原始的というか電気も水道もない土地(富良野)にきて生活をする、ということですけれど、考えてみると今回の東日本大震災に遭遇し、我々の「豊かな文明社会」というのは、福島第一原発事故の問題を見ていると、「砂上の楼閣」のような気がしてならない。我々が覚悟しなければならない事は、何も物がなくなった時に、我々はどうやって生きて行くのか?どのように切り抜けて行くのか?という人間の原点を描いてきたつもりなので、今この時期に『北の国から』をご覧いただいて、どういう感想が出てくるのかとても楽しみにしています」とコメントを寄せているとのことです。
さらに、BSフジでは、『北の国から』放映30周年記念特番として、『いま 五郎の生き方 ~2011夏 倉本聰~』を、8月20日(土)19:00から放送予定であり、倉本聰さん自身が今の日本に伝えたい事を語ることになっているそうです。

私は、このドラマが初めて放映された時期(1981年10月~1982年3月)には、企業戦士として、仕事で忙しくて、このドラマを放送時にはほとんど観ていなかったと思います。まして、1981年12月4日~1982年1月30日まで、地球の裏側のアルゼンチン、ブエノスアイレスに出張してもおりました。当時はもちろん我が家にもビデオなどの最新鋭録画設備などもなく、故郷、富良野を舞台のドラマの評判は気にしつつも、やはり、ほとんど観ていなかったのだろうと思います。でも、初回の場面をはっきりと記憶しているのは、再放送か再々放送で観た、しかも録画して観たのだと思います。というのは、アルゼンチン、ブエノスアイレスから帰国してまもなく、我が家に最新鋭録画設備が設置されました。何故、設置されたかは、当時アルゼンチンに海外出張された方はそれなりにお分かりになると思います。アルゼンチン国内のインフレが激しく、現地ペソに較べてドルの価値が上がり、出張費の支出が限りなく抑えられ、出張費が大きく余ったからです。それで録画装置を買った? そうです、当時非常に高額だった録画装置が我が家にやってきたのです。当時は録画用のテープも高額で、録画する番組も選んで録画したものでしたね。そんなことどうでもいいことでした。

なぜ、アルゼンチン? との声も聞こえてきますね。実際は聞こえてきませんが・・・。言わせて下さい。

当時、アルゼンチン、ブエノスアイレス市の電話網をアナログからディジタルに切り替える一大プロジェクトを私の会社で行っており、私は、そのプロジェクトを構成する、電子交換機、伝送機器、無線機器の管理システムの設計担当者として現地ブエノスアイレスに装置調整のために出掛けていました。イギリスとアルゼンチンとの間でフォークランド戦争が行われたのは、私が帰国してから間もなくだったと記憶しております。私のブログでも、少し、といっても、もう3回くらいアルゼンチンのことを書きましたね。仕事の話はあまり触れなかったと思いますので、今回も触れませんがね。じゃあ、アルゼンチンは関係ないじゃないのと仰いますか? その通り関係ありませんでしたね。でも、『北の国から』からをどのように観たかを語るには必要? 失礼しました。あまり関係有りませんでした。

それで、先ほど、倉本聰さんは東日本大震災や福島第一原発事故の問題に触れ、「今回の大災害のようなことが起こってみると、我々の『豊かな文明社会』というのは原発事故を見ていて『砂上の楼閣』のような気がしてならない。人間の原点を描いてきたつもりなので、今この時期に『北の国から』をご覧いただいて、どういう感想が出てくるのかとても楽しみにしています」とコメントを寄せていると書きました。

私は、昭和22年、1947年の戦後生まれで、第一の生まれ故郷、北海道雨竜郡沼田町浅野炭坑から、第二の故郷、北海道空知郡上富良野町に移った当初、昭和30年です、には何故か我が家には水道が無かったのです。水道が無かった時代には、大きな木の樽で水を濾過して飲み水にしていたのです。その濾過設備がどのような構成になっていたかはおぼろげながら記憶にあります。どうして、それで水が濾過、浄化されるのか不思議に思いました。そんな水道も無かった時代も経験しました。父がすべての濾過設備を準備してくれ、手動ポンプで水を大きな樽の濾過設備に汲み上げるのが私の仕事でもあったのです。まもなく我が家に水道が入りました。この水道については厳冬期に、水道を落とす(内地、本州以南の方にはわからないかもしれませんが、水道の水を地中の水道管まで落とすこと)ことが、主婦または子供達の重要な勤めでした。冬季に水道管を凍らせてしまうのは、本当に恥ずかしいことだったのです。これもブログに関係ありませんね。

電気が無ければ生活できないとの純くんの指摘は、流行(はやり)言葉にもなりました。でも、この『北の国から』のドラマで生活できることが実証されましたね。当時、昭和30年以降ですが、我が家に電気がきていなかったという記憶はありませんが、電化製品が我が家にやってきたのはほとんど記憶にあります。電気炊飯器しかり。電気洗濯機しかり。テレビが我が家にきた日も憶えています。電気掃除機は記憶に無い?ですけど。 ”はたき”と”ほうき”、雑巾とバケツでの手伝いの記憶はありますね。テレビがきたあとの電化製品が我が家にきた印象が薄いのはなぜでしょうね。やはりテレビが我が家に来た日に勝る喜びは無かった?からなのでしょうかね。また、ブログから逸れていきますね。

この『北の国から』のドラマでは、あの人も住めないような小屋(あんなの無いよねと仰る方がいますが、北海道の山奥、離農した家族の家は今でも、まだありますよ。毎年朽ちていきます。)を修理、修復して人が住めるようにし、また節目節目に、小さな喜び、小さな経験から、大きい喜び、そして大きな感動に、それと同時に人間として成長していくのでした。多分そのような内容だった? 憶えているのは、沢から水を引き、水道らしきものができた感動の場面があり、風力発電で電気が供給され、大きなよろこびに浸るという、そういった大きなよろこび、大きな感動の経験があるのですね。なんか憶えているような憶えていないような書き方ですね。やはりこの『北の国から』24話を見直してみたいと思いますね。

私は、『北の国から 2002年遺言』のドラマで、黒板五郎が最後の最後に語りかける場面が大好きだったのです。
ビデオテープに録画しているはずです。つまり、

「純、蛍、おれにはお前らに遺してやれるものはなんもない。でもお前らにはうまく言えんが、遺すべきものは遺した気がする」
すこし飛ばします。そして、
「金なんかのぞむな。幸せだけをみろ。ここにはなんもないが、自然だけはある。自然はお前らを死なない程度には十分毎年食わしてくれる。自然からちょうだいしろ。謙虚につつましく生きろ。それが父さんのお前らへの遺言だ」

このような文言だったような。自然との共生、その一語ですね。ぐっと胸が詰まるシーンでした。ここまで、再放送でやるのでしょうかね。でも、少しは期待しています。

あっ、それで、麓郷の森にでかけたことがありました。その写真を少し貼り付けますね。説明省きますからね。
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麓郷全体がわかる掲示がありました。貼り付けます。あの、観光客のお二人さんが一緒に写ってしまいましたが、了解願いますね。
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この『北の国から』のドラマでは、純君、蛍ちゃんの演技もすばらしいですが、黒板五郎始め出演者の30年前に出会えることも嬉しいですね。いろいろな感想、感動が今回また新たに出てくることを楽しみに、これは倉本聰さんもそうでしたね、出来る限り『北の国から』の再放送、観てみたいと思います。

あの、富良野沿線の宣伝を兼ねて、下記観光情報をお知らせしますね。私の現在の立場がそのようにさせるのですが、私のブログを読まれている方は少しはご存じではないか、と思います。よろしくお願いします。

富良野観光協会の最新情報です。
http://www.furanotourism.com/new/
上富良野観光協会の最新情報です。
http://www.kamifurano.jp/
中富良野観光情報です。
http://www.furano.ne.jp/nakafurano/kankou.html

『北の国から』が30年ぶりにBSフジにて再放送されていますブログでした。失礼しました。

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