福島第一原発事故 原発ムラ社会、コスト優先の会社に勝てなかった原発の元技術者らがネットで自己批判

「福島第一原発事故 原発ムラ社会、コスト優先の会社に勝てなかった原発の元技術者らがネットで自己批判」ブログです。気持ち的には、タイトルの最後に”何故?”が入ります。どうしてなのでしょうか? 原発の元技術者がネットで自己批判している有様はやはり異様に感じられます。

福島第一原発事故が、まだまだ予断を許さない状況にあります。原発事故解決の目途をどの時点、どの地点に定めているかも分かりませんが、解決までに、長時間の厳しい戦いを余儀なくされていることは私でも分かります。是非、日本ばかりでなく、全世界から、多くの英知を結集して、この福島第一原発事故の解決を図って頂きたいと思います。想定外とか未曾有の大震災、大津波とか云々ということで、仕方が無かった。起きてしまったことは仕方が無かった、との言い訳はいまさら通用しませんのですからね。あの、日本政府が、全世界の原発利用国にお願いして、世界の知恵、英知を貸して欲しいとお願いするのも立派な施策と考えていますからね。私のブログで使い古した文言の「立ちつくす、手をこまぬく」政治家は本当に必要ではありませんからね。東日本大震災以降、日本の政治家の顔が、枝野官房長官始めごく少数の方しか見えてこないのは何故なのか、すごく心配しています。でも、ここでは、「立ちつくす、手をこまぬく」政治家のことはブログにしませんからね。

それで、福島第一原発事故のブログなのです。私から解決施策が何も提案できないことについては、忸怩たるものがありますが、ご容赦願います。

長いタイトルですが、「原発ムラ社会、コスト優先の会社に勝てなかった原発の元技術者らがネットで自己批判、何故?」のブログです。福島第一原発を造った元技術者が自己批判しているのですから、やはりおかしいと思いますね。安全神話が壊れてしまったからかも知れませんが、世界最先端をゆく日本の原子力発電を支えてきた優秀な技術者にとって、ネットで自己批判しなければならないのです。何故なのか、何かおかしい。日本の原子力発電、原子力政策とは何だったんだろうと考えてしまいます。

あまり首都圏の大新聞、主要新聞の記事には、このように過激な見出しの記事を見かけないのですが、北海道新聞に、またまた注目すべき記事が掲載されていました。「東京電力福島原発を造った大手重電の元技術者たちが事故発生以来、インターネット放送などで自己批判と原発政策の告発を続けている」という内容の記事です。

東京電力福島第一原発の事故が発生して以来、私は福島第一原発そのものを造ったメーカのエンジニアの声が聞きたいとかねがね思っておりました。また、ブログでも原発ユーザである東京電力、原発メーカの立場の違いにも触れたりしました。今回の福島第一原発事故には、特に、東京電力、原子力安全委員会そして原子力安全・保安院の技術者の方々が出てきて事故内容や状況説明をしたりしていますね。政府の官房長官、東電、原子力安全・保安院の方々の説明を視聴していても、私としては、残念ながら理解ができておりません。それで、どうしても、何か裏にあるんではないか? 表に出したくない何かがあるのではないか? と勘ぐって視聴しております。私自身、原子力については疎いところもあり、放射能汚染測定については、ガイガーカウンタという放射能の有無を判定する検知器があったことを知っている、との域を出ていなかったのであります。昔はマイクロキュリーという単位だったような気がするのですが、今はまったく聞きませんね。新しく出てきた、シーベルトとかベクレルは始めて耳にした単位でした。原子力発電(こんな学問があるかどうか?)とか原子力工学は学習したおぼえはありません。量子力学はかじったことはあります。でも、物理学と数学だったような・・・。数式をこねくりまわしていたような・・・。またまた関係ない話をし始めていますね。つまり、私は原子力についてはまったくの素人(しろうと)であります。まして、原子力発電においておや、なのです。

それで、私は原発ユーザである東電、東電を指導する立場にある原子力安全・保安院、そして日本政府の枝野官房長官の発するメッセージより、福島第一原発事故について、もっと開発メーカサイドのエンジニアの話が聞きたいと考えておりました。こんなに大量に報道されているマスコミ報道、TV報道で原子力発電所を造った重電機メーカのエンジニアの方達が発言しないのは何故だろうと不思議に思っておりました。コメントされているのは有名大学の教授・名誉教授などで、実際に原発を造った方たちでは有りませんからね。ネットで色々調べていたら、元メーカの技術者の方で実際に発言している方がおられました。発言している場所、メディアは、大手マスコミ新聞とかTVなどではなく、ネットとか外人記者クラブなどに限られるのですね。何故だろう? 何故かというとですね、なんと、こんな理由からなのですよ、ということが新聞記事で分かったのです。

私が時々ブログで取り上げる北海道新聞は、北海道にも、北海道の電力需要の約4割をまかなう、北海道電力泊(とまり)原発があるので、その泊原発の安全性はどうなのかをも考慮して欲しいと色々情報発信しているようなのです。北海道の原子力発電施設、泊原発のある場所は、福島第二原発の楢葉町竜田同様、これも私にとっては懐かしい場所、地名なのです。それは、私の長兄が生まれたのが、後志(しりべし)支庁積丹(しゃこたん)半島南西部の泊村にあった、茅沼(かやぬま)炭坑の町であったからです。私がものごころついたころには、茅沼炭坑はその役割を終え閉山していたと思います。北海道電力の泊(とまり)原発は泊村、その風光明媚な海岸に面した場所にあるのです。福島第一原発、第二原発も福島県の風光明媚な海岸にありますね。原発は風光明媚な海に近いところが立地条件なのです。また、話がずれました。北海道新聞記事、福島第一原発の記事でしたね。

今となっては少し古いのですが、北海道新聞の3月23日の記事です。引用します。

ーーー引用開始

東京電力福島原発を造った大手重電の元技術者たちが事故発生以来、インターネット放送などで自己批判と原発政策の告発を続けている。

「もっと声を大にして言い続けるべきだった」。東芝で放射能を閉じこめる原子炉格納容器の耐性研究グループ長だった後藤政志さん(61)は話す。1979年の米国スリーマイル原発事故などで、格納容器内が異常に高圧になるとわかり、放射能物質ごと大気に放出する弁を付ける事になった。

「フランスは、内圧が上がりにくく、放射能物質が漏れにくい巨大なフィルター付き格納容器を造った。われわれも必要、と議論したが、会社は不採用。コストだなと思った」と後藤さんは言う。

「高台に建てたり、防水構造にしたりしていれば。想像力が足りなかった」。60年代、国内に技術がなく、津波を想定しない米国の設計図をコピーして第1原発を設計した元東芝社員小倉志郎さん(69)は悔やむ。

4号機の設計にかかわった元日立グループ社員で科学ライターの田中三彦さんは今回「政府や公共放送が危機を正しく国民に伝えていない」と感じている。「格納容器内が8気圧になった時、普通は4気圧などと流していた。普通は約1気圧で、4気圧とは事故に備えた設計値だ。8気圧なら異常事態なのに、パニックにしないという配慮が多すぎる」

3人はこれまでも匿名、あるいは著作、集会などで原発の危険性を訴えてきた。だが国や企業から返ってきたのは「冷笑だった」(後藤さん)。

東京のNPO環境エネルギー政策研究所顧問竹村英明さん(59)は「日本には許認可権を持つ経産省、学者、電力会社などで作る原発ムラがある」という。竹村さんによると、ムラは強力で、疑問や批判を口にする技術者を村八分にする。3人がそうだったという。放送は、動画中継サイト「ユーストリーム」や「ユーチューブ」などで見られる。

ーーー引用終わり

私は、「東日本大震災 福島第一原発設計、元東芝技術者の「津波、想定外だが責任を感じる」にこころ動く」ブログで、元東芝の後藤政志博士の外人記者クラブでの講演を動画中継サイト「ユーストリーム」で観た、と書きました。講演内容は「ユーストリーム」で観ていただくつもりで講演の中身詳細については説明を省きました。確かに、格納容器に危険性が指摘されたなら、何故それを直さなかったのか、との外人記者からの質問に、後藤博士が、私はそうしたかったと言葉を濁す場面が多かったのです。ああ、これは、本人の意志ではなく、会社、東電、国家官僚がどこかでからんでいる。そちらの問題だなと、うすうす感じてはいました。
そして、今回も新聞記事に載っている、元東芝社員小倉志郎さんについては、40年以上前に設計した装置の危険性を指摘しながら、その改修ができなかったことに責任を感じさせる、原発ユーザとしての東電を暗に非難しました。そして、元日立グループ社員で科学ライターの田中三彦さんの発言は私がうすうす感じているものと同じものだったのです。このお三方の匿名、あるいは著作、集会などで原発の危険性を訴えてきたことへの、国、企業、これはメーカというより東電でしょう、から返ってきたのは「冷笑だった」とあります。後藤博士の技術者魂は、自分の力だけではどうにもならないとの無力感に苛まれたことでしょう。でも、発言の機会、場所を求めて戦い続けたのは立派でした。
原発ユーザである東電に納入して、東電資産となってしまった原発設備は、国、東電が本気で原発の危険性を認識して動いてくれない限り、何も変わりませんからね。つまり、今まで何事もなく稼動していたものに、設計変更(改修)で安全装置を付けるとか、原発そのものを、新しいさらに安全なものに置き換えることはしませんからね。現状で、問題もなく、安全に動いているものを、お金をかけてまで改修、置換はやらないということです。今回の福島第一原発も東日本大震災の被害で事故が起きるまでは安全に稼動していたですからね。

東京のNPO環境エネルギー政策研究所顧問竹村英明さんは「日本には許認可権を持つ経産省、学者、電力会社などで作る原発ムラがある」という。竹村さんによると、ムラは強力で、疑問や批判を口にする技術者を村八分にする。今回の3人がそうだったというとの記事は強烈ですね。それで村八分にされた技術者は、ネットとか外人記者クラブなどでしか発言の機会は得られなかったのでしょう。お三方は、原発ムラで村八分の状況だったのですからね。
村八分ですから、「村民に規約違反などの行為があった時、全村が申し合わせにより、その家との交際や取引などを断つ私的制裁です」 転じて、「一般に仲間外れにすること」ですね。でも、村八分なんてあってはいけないことでしょう。それで、公(おおやけ)のマスコミ、新聞、TVに出て、元メーカの技術者の生々しい発言を私達が聞く機会が持たれなかったのですね。でも、今は、あの動画中継サイト「ユーストリーム」や「ユーチューブ」で元メーカの技術者の生々しい発言を聞く機会が得られたのです。そちらの動画中継サイトにより、日本の技術者の優秀さ、責任感の強さを今更ながら再認識したのです。

それに比べて、政治家、国家官僚、東電は、東電まで入れるのは酷かもしれませんが、東電には官僚が天下っていますから仕方がありませんね、もっと原発メーカの技術者の発言に耳を傾けて欲しかったと思いますね。そうすれば、マグニチュード9.0の大地震、さらに大津波のも堪えられる原発でありえたかも知れませんね。今となっては、遅きに失したとなんとむなしい言葉に聞こえることでしょうか・・・。

さらに、だめを押すように、3月26日の、同じ北海道新聞にアメリカメディアが日本の原発事故をどのように観ているかの記事が載っていました。

福島第一原発事故について、米メディアの、日本が福島第一原発の弱点を無視してきたことを強く批判する記事です。そのものずばりで、日本は原発の弱点を無視し、「安全性確保を先送り」していると題する記事です。

---引用開始

深刻な事態に陥っている東京電力福島第1原発事故をめぐり、米メディアが自然災害に対する日本政府や東電などの認識の甘さを指摘している。大津波の危険性や、非常用の原子炉冷却装置の必要性を専門家が指摘していたにもかかわらず、経済産業省原子力安全・保安院や東電は「無視していた」という。

3月24日の米紙ワシントン・ポストによると、日本政府が2006年に原発の新耐震指針を制定したのを受けて耐震性評価のための専門家委員会が09年6月に開かれた。その席で地質学の専門家である独立行政法人「産業技術総合研究所」(茨城県つくば市)活断層・地震研究センターの岡村行信センター長が、869年に三陸沖を震源とする貞観(じょうがん)地震が発生した際、大津波が仙台以南にも押し寄せたと指摘した。

同委員会はこの会合の直近にまとめた中間報告で、福島県沖で1938年(昭和13年)に起きた塩屋崎沖地震を津波の想定として設定、貞観地震に触れていなかった。これに岡村氏が疑問を呈し、想定の変更を繰り返し求めたが、保安院や東電は今後の検討課題として先送りした。

貞観地震はマグニチュード8・3の巨大地震。同センターや東北大などの調査で、津波が海岸線から最大4キロの内陸まで達したことが分かっている。

また、3月23日の米紙ウォールストリート・ジャーナルも、「日本は原発が持つ弱点への警告を無視」と伝えた。

記事では、地震や津波に備え、電力を必要としない「非常用復水器」という原子炉冷却装置が必要との技術者の指摘があったにもかかわらず、「(政府や東電には)現在の原子炉に新たな安全装置を取り付けるという議論はほとんどなかった」という諸葛(もろくず)宗男・東大公共政策大学院特任教授(原子力政策)の話を引用。日本政府や東電を「問題を(現在ではなく)将来の原子炉で解決することに熱心だった」と批判した。

---引用終わり

この記事から分かるように、経済産業省原子力安全・保安院と東電は大津波の危険性や、非常用の原子炉冷却装置の必要性を専門家が指摘していたにもかかわらず「無視していた」のですね。

どのように地震の大きさを測定したかはわかりませんが、西暦869年の三陸沖を震源とする貞観地震はマグニチュード8.3、津波が海岸線から最大4キロの内陸まで達したことが分かっているのに、福島第一原発稼動後40年間、あまり大きな事故も無く、大きな地震、津波もなかったので、危険性は理解しつつも、対策を先送りしていたのでしたね。

先送りといっても、「問題を(現在ではなく)将来の原子炉で解決することに熱心だった」とあります。原発ムラの中では、多分、将来の原子炉開発で解決すると説明している訳ですから、原子ムラの中では対応済みということにしていたのでしょう。そんな時に、今すぐにやる必要があるとか、いついつまでにと期日を決めてやるべきだの発言を繰り返す、責任感の強いメーカの元技術者は、結局、原発ムラ社会では村八分にされてしまったのでしょうか。

定年間近になって、会社を去らなければならなくなったエンジニアが、40年前に設計納入した装置で、まだ稼動している原発装置が残っていて、その装置にどうしても除去しなけらばならない危険が内在している場合、危険除去を会社ならびに後輩そして原発ユーザに申し送りとして残すことは、設計技術者の良心、誇りでもあり、それが技術者魂でもあると、私は考えます。そして、もしそのことが意に反して適わないことになれば、どこか発言の機会が得られるところで、発言することを是とするものです。それは技術者として、より良いもの、さらに安全(信頼性)で、便利(使い勝手が良い)で、安価(安く造れる)なものを生み出すエンジニア魂の基本にあるものと考えています。エンジニアは設計時自分のもっている最高の技術でもって製品、設備を造り出しますが、長時間の稼動、使われ方から、こうしたい、こうしたかったという考えが持ち上がってきます。もしそれが危険を回避するための技術、工夫であれば、是非実現したいものなのです。でも、ユーザに納入して、ユーザのものになってしまったものには手を出せません。出来れば新製品を開発しそちらに置換して欲しいと願うのです。今回、元東芝の技術者たちは、それが適わないうちに危険が現実のもとにさらされ、原発事故発生となってしまい、大きな被害をもたらしたことに、苦悩し、無念さ、やるせなさを感じ、そして、責任を感じる発言になっているわけです。

私は、原発ムラ社会、そして、コスト優先の会社に勝てなかった元原発の技術者らがネットで自己批判することに対し、やるべきことはやったのだから、そこまでしなくてもと応援のエールを送りたい気持ちでおります。というのは、元原発の技術者らがネットで訴え続けたからこそ、私達が原発の危険性、どうつき合わなければいけないかに関して知り得た事柄も少なからずありました。原子力の平和利用については賛否多くの議論があります。私が理解できることも、理解できないこともあります。それは私の不勉強のなせることかも知れません。私にとっては、原発は危険なものだからこそ、原発の危険性について知る必要があり、危険であるがために、絶えず原発の危険性を取り除くために技術者は何をなすべきか、そして、原発を安全にかつ有効に使いこなしていくにはどうしたら良いかを、元原発の技術者らがネットでまたは外人記者クラブなどの説明で、教えてくれたと考えております。そのためには絶えざる安全性確保、増進のため改修、置換、廃止を視野に入れて原発とつき合っていかなければいけないと思います。

今回、3月29日現在、まだまだ福島第一原発の危機が取り除かれてはおりませんが、その解決に、政府、官僚、東電、関連企業の英知で乗り切ることを願っています。

日本原発の安全神話が崩れてしまった今、原発の安全神話に戻すのではなく、原発の恩恵を受けるため、絶えざる安全追求の地道な努力をお願いしたいと思います。そのためにも、原子ムラ社会の解体と、コスト優先から安全優先の原発開発に舵取り変更は避けられないものと考えております。

福島第一原発事故 原発ムラ社会、コスト優先の会社に勝てなかった原発の元技術者らがネットで自己批判、何故?ブログでした。

長いブログで失礼しました。論旨がばやけてしまったのが気になりますが・・・。

4月1日の朝日新聞に三菱総研理事長・前東京大総長小宮山宏氏のインタビュー記事が掲載されていました。
”「原子力村」の弱点原発事故招いた、でも押さえ込める”と題する長文の記事です。

「何重にも安全策をとっており「絶対に安全」と言われてきた原発でしたが、原子力村の専門家が言う安全とは分野の違う科学者がみたらなんとお粗末な安全策であったかと述べています。津波を想定していなかったとは言え、分野の違う科学者ともっと協力していたら、津波の被害は防げたかもしれないのですね。運転停止とか、ほとんどがうまくいっていたが、非常用電源の二重化が分野の違う科学者からみたらお粗末でした。原子力の専門科学者たちは社会に対してだけでなく、分野の違う科学者との間にも壁を設けて、強固な「原子力村(ムラ)」をつくっていたのです。原発反対運動などでほかの分野の専門家や技術者に対して閉じこもっていき、結局は自分たちだけのムラ社会をつくっていったのです。氏は東電の社外監査役を兼ねてもおり、東電に対しても、原子力の専門家に倒しても、閉じこもるな、分野の違う科学者と協力せよ、そして、原子力基礎、原子力工学、さらに基礎工学や生態系の専門家が一緒になって、議論する土壌を造れと叱咤、激励している。
原子力村、原発ムラ社会は体質改善を目指し、今後はすべてオープンにしないといけない。そして、オープンにした上で、他の分野の専門家と議論していくという方向に向かうだろう。向かわなければならない、と言っています。

至言ですね。4月2日、ふらぬい追記。

原子ムラを原発ムラに修正しました。4月9日、ふらぬい追記。

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