辺野古回帰、断腸の思いって 誰が?

普天間基地移設先が辺野古に回帰することになりました。

総理の発言が気になりましたので、つれづれぶろぐしてみようと思いました。

総理は沖縄県知事に、「普天間基地の移設先として、辺野古付近にお願いせざるを得なくなりました。これは、断腸の思いで下した結論です」、と話したそうですね。沖縄県知事は辺野古付近に決定したことに、遺憾と述べながらも、びっくりされたのではないかと思いますね。

”断腸の思い”ということは、確かに、悲しみに耐えないことですが、総理が使う立場にあるか、使うことが出来るか疑問に思いました。この”断腸の思い”を使いたいのは、沖縄県民、沖縄県知事、名護市の稲嶺市長の方だったのではないかと思いましたね。

”断腸の思い”とは、子を失い悲しみのあまり死んだ母猿の腸がちぎれていた故事から、腸がちぎれるほど悲しい、悲しみにたえないことですから、総理がこんな場所で、まして、約束を破った張本人が使ってはいけないでしょう。

最低でも県外、辺野古の海に杭を打つのは沖縄の自然に対する冒涜、なんて言っていた方が、”断腸の思い”を使うことは、沖縄県民、沖縄県知事、名護市長に対する、愚弄、冒涜になるのでは、と思いましたね。

ここでは、よく政治家が使う、”忸怩たる思い”でよかったのではないですか。つまり、恥ずかしく思うんですよ。公約を破ったのでした。ご自分が衆議院選挙前に沖縄県民に対して約束したことを実現できなかったのですよ。実際はね。しかも、総理は、最低でも県外、辺野古の海に杭を打つのは沖縄の自然に対する冒涜なんてことは、個人の発言で、党の公約には無かったとまで言ったのでしたね。ここでも、使える言葉は、”忸怩たる思い”なのですよ。

どこかで、総理が使っていましたね。前の政権党に対して、あんたたちに言われたくない、と。今度は、沖縄県民、沖縄県知事、名護市長、それと、国民目線で、そっくりそのまま総理にお返ししましょう。”断腸の思い”は私どもが使う言葉であって、公約を破った総理には使っていただきたくないと。しかも、”断腸の思い”をしているのは、わたしどもです。沖縄の海、辺野古の海を冒涜していただきたくない、とね。

辺野古回帰、断腸の思いって 誰が? をつれづれぶろぐしてみました。

このぶろぐに追加することになったのですが、総理の発言です。
辺野古回帰で批判は甘んじて受ける。
辺野古であるが現行案ではない。環境面に徹底的に配慮する新しい形をなんとしても作り上げたい。
等述べています。
なんか今までの総理の発言からはこんなふうに受け取れます、
辺野古回帰の批判は聞き流すかもしれない。
辺野古であるが現行案ではないかもしれない。環境面に配慮するかはやってみないと分からない。

またまた、一国の総理を揶揄してしまいました。忸怩たるものがあります。失礼しました。


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