古都鎌倉平成散歩

もう今年も、平成31年、平成最後の年です、弥生(やよい3月)を過ぎ卯月(うづき4月)に入っております。私、ふらぬい、なかなか筆が進まず(キーボードを叩くのが億劫で)今年初めてのブログになりました。随分久しぶりのブログになります。しかも、このブログ、先々週の日曜日、久しぶりに訪れ、歩いてきた古都鎌倉を取り上げます。平成もまもなく新元号に代わりますので、タイトルがどこか無理矢理、平成をとってつけた?ものになっておりますことお許しください。鎌倉は何度かブログで取り上げ、紹介もしてきておりまして、個人的には歩き尽くした場所でもありますが、古都鎌倉平成最後(どこか枕詞になってしまいますが)の散歩、やはり「気持ちがおだやかになる」場所でもあります。

4月1日に菅義偉官房長官の発表もありまして、「平成」の次の元号が「令和(れいわ)」に決まりました。つまり、今年の5月1日から元号が「令和」になるとのことです。「令和」の出自は国書、万葉集であり、万葉集の梅花の歌の序文「初春令月、気淑風和」(初春のこの良い月に、気は良く風はおだやか(やわらか))から採ったとのことでしたね。私、ふらぬい、「令(れい)」は”良い”との意で、「和(わ)」は”おだやか、のどか、日本”の意もありますし、新鮮に感じましたね。良い国、日本であって欲しいと思いました。私、ふらぬい、平成はずっと昭和の続きとして昭和64年以降ずっと平成の年をマイナス1してからたし算し昭和を使用しておりましたけどね。それと、仕事がらみで2000年問題対応を行って後は昭和の年号ではなく、なんとなく西暦を使用していたような気がします。
あっ、それと私が尊敬してやまない碩学の師であり、かつ、「団塊の世代」や「平成30年」の著書があります、堺屋太一さんが平成31年2月8日にお亡くなりになり、あの平成の時代がまもなく次の元号「令和」に代わるを待たずに旅立たれたこと寂しく感じてもおります。

そのように間もなく迎える「令和」の時代に気持ちが高揚(こうよう)、たかぶり古都鎌倉に出かけました。

ご存知の方も多いかも知れませんが、私、ふらぬいは横浜市のチベットと揶揄(やゆ)される横浜若葉台団地の住人でありまして、団地の近くに鉄道駅はありません。4~50分歩くと鉄道駅がありますが・・・。いちおう、どこに出かけるにもバスを使います。それで若葉台団地、そこからバスで相模鉄道三ツ境駅に行き、電車(相模鉄道、小田急江ノ島線、JR東海道線、JR横須賀線)を乗り継いで鎌倉に出かけます。
あっ、そうそう、横浜若葉台団地は先々月、2月でした、奇跡の団地としてテレビで紹介されていました。何故って言いますと、なんと団地住民の高齢化率が47.8%なのに要介護認定の割合が12.2%だからですと。高齢者がこんなに元気に団地生活を送っているのは「このような理由によりますよ」とその紹介がありました。私、ふらぬいも、前期高齢者に名を連ねておりますが、あたりまえに団地生活を送っておりますが、このことが奇跡の団地を作り上げているのだとか・・・。「ふーん」と前期高齢者で若葉台住民の私、ふらぬいは視聴しておりましたが・・・。

閑話休題、繰り返します。古都鎌倉平成散歩です。

私、ふらぬい、平成最後の月の良き日、久しぶりに鎌倉に出かけ、小町通りを散策し、路地を抜け、若宮大路の
段葛(だんかづら)の桜の若木を愛で、鶴岡八幡宮にお参りしてまいりました。鶴岡八幡宮の桜を愛でる人の波は”半端ではなく”、和服姿の女性も数多くみられ、八幡宮境内では結婚式も行われておりました。雅(みやび)な時を過ごしてきました。平家池、源氏池の周りは、桜が満開でそれはそれは見事なものでした。

小町通りです。大勢の人だかりで賑やかな通りです。
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こちらは若宮大路を鶴岡八幡宮に向け歩きます。
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鶴岡八幡宮の階段です。
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大銀杏の木はありません。
鶴岡八幡宮参拝では本当に神妙な気分になります。なぜかはわかりませんが・・・。
参拝を終え、次に向かうは、私、ふらぬいは初めてお参りするお寺です。

鶴岡八幡宮の近くに、萩寺で有名な寶戒(ほうかい)寺があります。初めての参拝は少し緊張しますね。
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こちらは鶴岡八幡宮と異なり静かなたたずまいで境内の木々の梢にはリス(台湾リス?)が枝から枝へ飛び跳ねていました。外人?観光客が”squirrel”と言っているのが聞こえましたよ。そんなこともありましたが、静かな穏やかな名刹のたたずまいの中に身を置いてまいりました。
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その後、鎌倉街道を北鎌倉に向け歩き、鎌倉五山、第一位の建長寺と第二位の円覚寺を訪問しました。

建長寺です。
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やはり山門が秀逸ですね。「天下禅林」(人材を天下に求め育成する禅寺)でありまして、その建物の大きさ、境内の広さ広さに圧倒されます。あの有名な”けんちん汁”は建長寺の寺の住職が作ったとか言われておりますが、真偽は、私、ふらぬい、わかりません。どなたが作っても美味しい”けんちん汁”であればいいことですから。

この時期、サクラの木が輝いて見えます。観光客は少なめですというより、あまりに境内が広い。
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見どころはたくさんありましたが、とにかく広い、大きいものが多く、さすが鎌倉五山第一位と感心します。

こちらは、鎌倉五山第二位の円覚寺です。こちらも山門が秀逸ですね。
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円覚寺山門のいわれがありました。
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円覚寺境内の満開の桜が見事でした。
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夏目漱石の小説「門」には主人公の円覚寺での座禅修行が描かれておりましたね。桜の時期だったかは忘れましたが・・・。


円覚寺は私、ふらぬいが今は亡き母と一緒に北鎌倉を訪問した時、東慶寺、明月院と共に訪れたお寺でした。今から約50年前になります。母の56、7歳のころですね。円覚寺境内で写真を撮りました。微笑んでいる母の笑顔が忘れられませんが・・・。あじさいの頃でしたが、円覚寺境内はその時の原風景であり、当時とあまりかわっていないようで、懐かしい気がしました。

古都鎌倉は世界遺産登録申請は再度行うのでしょうか。私、ふらぬい、古都鎌倉は今の佇まいで私ども昭和世代の散歩者、旅人、そして訪問者にいつも寄り添ってくれているように思いますね。古都鎌倉は昭和の時代、平成の時代もそうでしたが、これからやってくる令和の時代にあっても、散歩者、旅人、訪問者に「気持ちをおだやかにしてくれる」場所なのでしょう。

古都鎌倉平成散歩のブログでした。



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