横浜JR関内駅から馬車道散歩と横浜発祥のつれづれぶろぐ

先日、横浜のJR関内駅から馬車道を歩き、新港埠頭、赤レンガ倉庫、日本大通りを歩いてきました。関内(かんない)は横浜開港(1859年3月)当時から外人居留区になったところです。横浜歴史散歩のつもりはありませんが、今では後(あと)からハマっ子の私、ふらぬい、横濱の歴史についても少しは添えられるかもしれません。

横浜市JR関内駅から散歩するにはやはり、GoogleMapが便利です。貼り付けます。
https://maps.google.co.jp/maps?q=%E7%A5%9E%E5%A5%88%E5%B7%9D%E7%9C%8C%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E5%B8%82%E9%96%A2%E5%86%85%E9%A7%85&hl=ja&ie=UTF8&ll=35.443225,139.637132&spn=0.021257,0.042272&sll=35.443156,139.637346&sspn=0.021257,0.042272&oq=%E7%A5%9E%E5%A5%88%E5%B7%9D%E7%9C%8C%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E5%B8%82%E9%96%A2%E5%86%85&t=h&brcurrent=3,0x60185d2db5c8ae09:0xc208776b5141af0a,0&hnear=%E9%96%A2%E5%86%85%E9%A7%85%EF%BC%88%E7%A5%9E%E5%A5%88%E5%B7%9D%EF%BC%89&z=15
ストリートビューもできますよ。

JR関内駅に降りたって、駅に電車到着時の構内放送に耳を傾けます。関内(かんない)は”かん”の部分にアクセントはありません。つまり、なんたら管内(かんない)の管内は”かん”にアクセントがありますが、横浜の地名の関内(かんない)はすべてフラットに発音します。後からハマっ子の私、ふらぬいも”かんない”とフラットに発音します。駅構内の関内到着を告げる放送は確かにハマっ子をうならせる放送でした。

横浜関内、ウイキペディアです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E5%86%85#.E5.9C.B0.E5.90.8D.E3.81.AE.E7.94.B1.E6.9D.A5
どう発音するかまでは書いていないと思いますが参考まで。

JR関内駅近くの大岡川の支流、吉田川(今は暗渠になり高速道路が走る)に架かる吉田橋から歩き始めます。
この吉田橋を外国人居留地の関内へ渡るには関所があって、原則として町人はよくて、武士は渡ってはいけなかったとか。武士は帯刀しているとそれを抜いて外国人に斬りかかるおそれがあったからですとか。武士道をわきまえた日本の武士はよっぽど無礼なことをしないかぎり抜刀して斬りかかることはなかったやに思いますけどね。

その吉田橋に関所があった証(あかし)ですね。
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横浜馬車道の通りです。
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馬車道の案内です。見ずらいですがところどころにこのような掲示があります。通行人はあまり見ませんがね。
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馬車道には横浜発祥の記念碑(像など形は様々です)が数多くあります。

アイスクリーム発祥の記念碑だそうです。
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どこがアイスクリーム?との質問にはお答えできませんが、謂れは駐輪自転車が邪魔をして読んでおりません。

ガス灯発祥の記念碑です。ガス灯だとはっきり分かりますね。
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写真開祖、写真発祥の記念碑だそうです。そのように書いてあります。
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近くに「街灯点火の地」の碑があるのですが、馬車道から外れますのでパスします。「近代街路樹発祥の地」記念碑は通り過ぎてしまいました。失礼。

横浜馬車道散歩で見つけた横浜発祥の記念碑なのですが、横浜マイタウンのページにそれらをまとめたものがありました。貼り付けます。

横浜発祥のものです。
http://home.b00.itscom.net/snakajii/hama/hajimete/index.html

日本大通り散歩の途中でも横浜発祥のものが出てきますが、馬車道ではさしあたりこんなとこで・・・。

馬車道散歩で是非見学していただきたいもの、また外せないものが歴史遺産、神奈川県立博物館です。

神奈川県立歴史博物館の偉容です。
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昔は横浜正金銀行の建物であったとか。
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展示物の紹介です。入館料300円です。今回は入館しません。
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馬車道には関内ホール(横浜市民文化会館)やこ綺麗な飲食店が数多くあります。「恋人も濡れる街角」と中村雅俊が唄っていたように本当は夜が良いのかも知れませんが。その当時と馬車道は大きく変わったように思いますが・・・。

こちらは関内ホール(横浜市民文化会館)の偉容です。
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通称(横浜)市民ホールと呼ばれています。神奈川県民ホール、通称県民ホールは山下公園側にありますがよく間違います。私だけかも。

馬車道を抜け、みなとみらい側に目をやると、みなとみらいはこのように見えます。
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今回は馬車道を突き抜けさらにまっすぐ進み、横浜新港埠頭を目指します。
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横浜観光の船(屋形船?)を係留しているところを抜けます。こんなところがあったのかとビックリしました。
JICA(ジャイカ:国際協力機構)横浜の建物に行くためには交差点にある壮大な歩道橋を利用します。

その歩道橋の上に登ると赤レンガ倉庫が見えてきました。
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赤レンガ倉庫と横浜ベイブリッジを一緒に見ることができる場所がこの歩道橋の上なのです。
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新港埠頭(私がブログで紹介したこともありました)はまだそう頻繁には使われていないようです。ご用の無い方は入場してはいけないと・・・。
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新港埠頭入口、こちらからみなとみらいはこのように見えます。
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新港埠頭に船が着岸しておりましたが・・・。ちと寂しい・・・。
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日本の海の安全を守る海上保安庁の基地です。
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工作船展示場は本日休館でした。北朝鮮の不審船が展示されております。
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赤レンガ倉庫入場はパスします。季節がら開場しておりました屋外スケートリンクに歓声が聞こえます。

赤レンガ倉庫と繋ぐかってあった鉄道線路の上を歩き、象の鼻パークを抜け、日本大通りに向かいます。

日本大通りに到着しました。横浜開港資料館近くの横浜開港広場に日米和親条約調印の地の碑がありました。
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日米和親条約調印は1854年3月のことで神奈川条約とも呼び、下田、箱館が新しく開港しましたね。この碑は横浜発祥の碑ではありませんがね。

横浜開港資料館です。本日は休館しています。
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日米和親条約調印の地の広場の前の道路は車の通行が多いのです。向かって右、大桟橋、山下公園に行くことができます。左方面は日本大通り、馬車道、みなとみらいに接続します。
道路の向こう側の建物は横浜港の貿易華やかなりしころの面影を伝えます。そして敷居の高いレストラン、北欧料理のスカンディアがあります。
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日本大通りに入りますと、あの横浜三塔物語の世界です。写真はパスしますが、横浜三塔物語の世界に浸れます。キング、クイーン、ジャックの横浜三塔物語。私のブログを貼り付けます。もちろんパスはOKです。
横浜三塔物語のつれづれぶろぐ
http://470830.at.webry.info/201307/article_3.html

日本大通りにも横浜発祥の碑があります。こちらの紹介はまたの機会にさせていただきます。ちと長いブログになりましたので、コーヒーブレイク(私の?)も必要と思います。

横浜市JR関内駅周辺は横浜市や神奈川県の官庁街でもありますが、観光客や横浜市民にとっても憩いの場所でもあります。JR桜木町のみなとみらい地区、JR石川町、みなとみらい線の元町・中華街駅の元町、中華街、山下公園、山手などに比べると少し地味かなとは思いますがね。でも、馬車道、赤レンガ倉庫、日本大通りには日本が外国と付き合いを始めた時の歴史遺産がかなり多く見ることができます。横浜が開港し日本を代表する港町に変貌していったその足跡がここかしこに見ることができるのです。そんな関内をブログで紹介しました。
あっ、忘れるところでした。横浜球場もすぐ近くにあります。また、吉田橋から馬車道通りとは逆方向に行きますと、こちらも繁華街ですが伊勢佐木町があります。こちらの散策も楽しいです。実は私、ふらぬいが横浜にやってきて、自分の意志?で一番最初にでかけたのが伊勢佐木町でした。それはですね、私の大学時代、青江三奈さんが唄う「伊勢佐木町ブルース」が札幌の街のあちこち、すすきのかな、で流れていたからなのです。
その伊勢佐木町の中ほどに青江三奈さんの碑がありました。
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この碑では青江三奈さんが唄う「伊勢佐木町ブルース」を聴くことができます。昔はいざ知らず今ではこの歌に耳を傾ける人は、私、ふらぬいなどの高齢者ばかりでしょうかね。伊勢佐木町の賑わいも昔の隆盛とは比べものにならなくなったとも伺っていますが・・・。それで伊勢佐木町の隆盛を取り戻す提案です。青江三奈「伊勢佐木町ブルース」の碑のそばに、「ためいき演歌発祥の碑」の建立はいかがでしょうか。もう遥か昔になりますが、青江三奈と森進一、どちらも”ためいき演歌路線”で売り出していましたしね。横浜発祥の記念碑がもひとつ増えますが・・・。どうでしょうか。やはり無理でしょうね。

横浜を舞台にした流行歌についてもいつかブログに書いてみたいと思いつつ、「伊勢佐木町ブルース」、「恋人も濡れる街角」を聴いてみようかと思います。いしだあゆみの「ブルーライトヨコハマ」、五木ひろしの「ヨコハマたそがれ」も横浜を歌ったものですね。さらに、荒井由実、オフコース小田和正、ゆずの名曲もありますね。どうしましょうか。などと思わせぶりにブログを締めますからね。失礼しました。

横浜JR関内駅から馬車道散歩と横浜発祥のつれづれぶろぐでした。

今回もあちこち内容がブレました。脈絡を追うのに苦労されたとか、つれづれぶろぐ、ということでどうかご容赦を・・・。

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この記事へのコメント

りょう
2015年08月17日 14:04
関内駅のアナウンスのイントネーションが気になって検索していました。市内に50年済んでいますが、平板アクセント(「んない」が高い)は最近まで聞いたことがなく、聞くたびに気持ち悪いなあと思っています。平板アクセントはどちらかというと横浜以外の人の発音で、市営地下鉄は創業当時から「か」にアクセントだし、根岸線も車掌がアナウンスしていた時代は平板アクセントは聞いたことがないように思います。
たかはし
2018年07月07日 14:52
う〜ん。そうなんですか。私は63歳の東京人なのですが、今は亡き父と祖母が横浜生まれの横浜育ちでして、彼等の会話に登場する「関内」はフラットな発音だったように記憶しております。ただし、記憶はあてになりませんし、地元の方々が語頭にアクセントを置いていたと仰るならそれに抗うことはできません。

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