オランダ アムステルダムの新教会で新国王即位式、あのダム広場で考えたこと

オランダのベアトリックス女王の退位式と、長男ウィレム・アレクサンダー皇太子の新国王への即位式が4月30日、アムステルダムであったと新聞やテレビ、マスコミが報じておりました。アムステルダム中心部にある王宮前広場、ダム広場は早朝から、王室のシンボルカラーのオレンジ色の帽子やTシャツを身に着けたオランダ市民で埋め尽くし、オランダでは123年ぶり男性国王の誕生を祝ったとあります。

あのオランダ、アムステルダムのダム広場での出来事ですから、私、ふらぬいとしましてはつれづれぶろぐに認(したた)めないない訳にはいきませんね。(二重否定ゴメン) ちと意味が分かりません? オランダ、アムステルダムの中心部にあるダム広場ですからね。思い出してくれました? そうはいきませんか。そうでしょうね。実は、このダム広場のことをつれづれぶろぐにしたためていたからなのです。と言うのも王宮の正面にあるホテル、NHクラスナポルスキー・ホテルにて旅の疲れを癒したことがあるからなのです。
あっ、違います。ホテルに一泊しただけです。その時にダム広場を歩き、それをアムステルダム散歩として旅の想い出ブログにしたためたのですがね。

私、ふらぬいはアムステルダム中心部のダム広場にある王宮、新教会などでおこなわれたオランダ新国王の即位式しっかりとテレビのニュースで見せて頂きました。そちらのほうからつれづれぶろぐしますからね。

オランダ、アムステルダムの新教会で行われた新国王の即位式には近隣の欧州ばかりでなく世界各国の王侯貴族やオランダ王室と関係ある方々が参列されておりましたね。荘厳な中にも華やかな即位式であったと思います。素晴らしかったですね。日本の皇室はオランダ皇室と親密な関係にあり、今回、皇太子殿下と雅子妃殿下も出席され、その参列のご様子が日本のテレビ、マスコミが報道しておりました。
アムステルダムの王宮での女王の退位式、新教会での新国王即位式の様子がテレビの報道で伺えましたからね。皇太子殿下と雅子妃殿下はその後、王宮で開催されたレセプションに参加されたとも伝えておりました。
それらのニュースは日本の各テレビ局が報じておりました。私はその一部始終を見ておりますがでここでは取り上げませんよ。

私、ふらぬいは世界各国の皇室、王侯貴族のイベント、それなりに興味がありますし、そのようなイベント、どこの国のものであれ、国民の皆さんと一緒にお祝いしたいと思いますし、また楽しみたい、そんな気にさせられますね。でも、日本以外で皇室、王侯貴族のイベントでそれなりに拝見させて頂いたのはあまり多くはありません。たまたま旅行中であって、拝見できたのは英国のバッキンガム宮殿とかタイの王宮でのイベントくらいしかありません。でも、欧州国内にはまだまだ王侯貴族が残っているらしいのですがね。ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、スペインなどもそうですね。ベルギー、ルクセンブルクもそうでしょうか・・・・。もっとあったような・・・。

今回のブログはオランダ アムステルダムの王宮前の広場(ダム広場です)に集まった大勢のオランダ市民の一人に、私ふらぬいがなったつもりで書き始めました。と言うのは違っておりまして、昔、旅の想い出その15で、この広場のことを書いたのを思い出してしまったからなのです。でも、ダム広場で歓声をあげているのは同じかな・・・。

まず、王宮からダム広場に集まった市民に挨拶された、ベアトリックス前女王、ウィレム・アレクサンダー新国王そしてマキシマ王妃、さらに3人の王女様の姿が「YouTube」にありましたので、こちらをブログに貼り付けます。

https://www.youtube.com/watch?v=TrukZ9GmoIg

王宮前のこの広場、ダム広場と言います。私も今から何年か前にこの広場を歩きました。そして考えました。広場の前にあるこの荘厳な建物と教会、何のために使うのか。それで調査して王宮、新教会とわかったものでした。私はその時点でこの広場からは見えないのですが、そこかしこにある運河に魅せられていたのです。そして遥か遠くに見える、アムステルダム中央駅の建物に興味の主体が行っておりました。ですから、ダム広場から眺めた印象としては王宮そして新教会はどこか印象が薄かったのです。そんなダム広場からのブログ、私の旅の想い出ブログで紹介しておりました。貼り付けます。

旅の想い出その15 オランダ アムステルダム
http://470830.at.webry.info/201003/article_17.html

ブログではダム広場を挟んで王宮の真向かいにある、私がアムステルダム滞在中に泊まったNHクラスナポルスキー・ホテルを中心にGoogleMapを紹介しました。今回も同じGoogleMapを貼り付けますが、王宮も新教会も探索できます。旅の想い出ブログ同様、こちらもストリート・ビューが使えます。しばらくストリート・ビュー散歩をしておりませんでしたが、是非お楽しみください。実際に自分が観光客になった気がします。

http://maps.google.com/maps?f=q&source=s_q&hl=ja&geocode=&q=%EF%BC%AE%EF%BC%A8%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%8A%E3%83%9D%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%AB&sll=52.370883,4.897499&sspn=0.02028,0.054846&ie=UTF8&hq=%EF%BC%AE%EF%BC%A8%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%8A%E3%83%9D%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%AB&hnear=&ll=52.374027,4.897499&spn=0.009484,0.027423&z=15

ダム広場(de Dam)は、オランダの首都アムステルダムの中心部にある広場でありまして、もとはアムステル川をせき止める堰(ダム)のあった場所なのだそうです。「アムステルダム」の市名の語源であり、歴史的な中心地でもあるそうです。この広場からアムステルダム中央駅が見えます。そして駅のさらに向こう側は運河そして湖につながっていることがわかります。このダム広場から少し離れると運河が張り巡らされていることもわかります。

そして、このダム広場、1956年に、戦没者記念塔が建てられ、以来毎年5月4日の戦没者記念日には広場で集会が行なわれております。記念塔も旅の想い出ブログで紹介しました。

皆さんご存知と思いますが第二次世界大戦で日本が戦った国、戦争した国は、ABCDの頭文字の国ですね。Aはアメリカ、Bは英国、Cは中国、Dはオランダです。もともと日本の鎖国時代から友好関係にあったオランダですが、第二次世界大戦当時、現在のインドネシアを植民地としてましたからね。

でも今はオランダと日本は友好国ですね。その通商関係は、長崎の出島で細々と続いておりましたので、もう400年以上になるそうですよ。

そこで、日蘭通商400年サイトを見つけましたよ。日蘭通商開始は西暦1609年です。と言うことは日蘭通商400年は西暦2008年だったとか。これを読めば日本とオランダの関係が一目瞭然に分かりますね。貼り付けます。
http://www.nihonoranda.jp/

オランダ、アムステルダムの新教会で新国王即位式をヒントに、私、ふらぬいがかって歩いたダム広場界隈に思いを馳せるブログにしているのですが、やはり締めはオランダ王室というかオランダ国の今に少し触れますね。

オランダ国は、私、ふらぬいの頭の中に出てきたのは、中学校時代社会科でベネルックス3国の一国として習いました。オランダ、ベルギー、ルクセンブルクの3ヶ国経済共同体でしょうか。その中でオランダは、干拓地、農業と牧畜と風車の国、チューリップが国を象徴する花でした。多分それだけではなかった筈ですよ。その後は欧州6ケ国から構成されるヨーロッパ経済共同体(EEC)、その後は加入国を増やしヨーロッパ共同体(EC)に、さらに現在のEU(欧州連合)に発展しておりますね。なんとなく、良きにつけ悪しきにつけドイツ、フランス、イタリアなどがその存在感を増してしまっているような気もしますが・・・。そして通貨統合に進んでいるのでしょうか・・・。こんなことを書きますと、単にそのようなことしか知らない、私、ふらぬいの知識、見識の無さが表(おもて)に出てくるように思いますがね・・・。
今はどうでしょうか。画家ゴッホ、フェルメール、ロイヤルダッチシェル石油、サッカー強国、あっ、今年のWBC、野球も強かったですね。えっ、たったそれだけ? との言葉が聞こえてきますね。

それでオランダの今です。オランダもほかの欧州諸国と同様に財政が苦しく失業率が上昇しているとのことです。王室経費も問題視されているようです。だが王室への支持は中高年を中心にまだ高いのだそうです。オランダ地元紙の世論調査で約75%が支持、完全廃止の11%を大きく上回ると言います。国王はかって政治的な役割も担ったが、新国王は国の象徴として儀礼的な役割に徹する意向を示しているそうです。今回、アムステルダムのダム広場を埋め尽くした市民の中では、新国王、新王室を応援していこうとの市民の意思の表れであったとか。日本と同様、オランダ皇室は自国民から尊敬される皇室であるようです。

オランダ アムステルダムの新教会で新国王即位式、あのダム広場で考えたことと題するブログでした。

あまりオランダのこともアムステルダムのことも知ってはいない私、ふらぬいのアムステルダム、ダム広場ブログでした。竜頭蛇尾(りゅうとうだび)、じゃあなくて、はじめもおわりも尻すぼみの、あまり考えていないブログになってしまいました。失礼しました。

すっかり書くのを忘れてしまった事柄がありました。2002年2月にアレクサンダー皇太子がマキシマさんと結婚式をあげたのも新教会ででした。マキシマさんはアルゼンチン人でお父上があの国民を弾圧した軍事政権下で政権側の閣僚をされていたことで、結婚式にお父上が参加されることはありませんでした。その代わりと言ってはなんですが、その結婚式ではアルゼンチンタンゴの名曲、ピアソラのアディオス・ノニーノが演奏されたのですと・・・。(5月4日 ふらぬい記)


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