王道か、覇道か、それより勝つことが大事

昨日のサンケイ新聞産経抄コラムに面白い記事がありました。「王道か、覇道かの二者択一を選ぶとしたらどうするか」との問いかけなのですが、私、ふらぬいは、若かりし頃、「学問に王道なし」、つまり”学問を究めるには楽な方法や近道は無いよ”と教えられて育ちましたので、ずっと王道派?で育ってはきました。もちろんその時点では王道派も、もちろん覇道派の存在すら知りませんでしたけどね。でも、社会人になってみますと、あのクレージーキャッツ植木等さんの「サラリーマンは気楽な稼業」とか「コツコツやるやつご苦労さん」と言われて、社会人、うまく立ち回れなくてはいけないのかもと思いましたね。あっ、コツコツが「王道派」で気楽にが「覇道派」でもありませんよ。

私、ふらぬいが社会人として始めた仕事は、当時、世界最先端の通信機器の設計開発、装置設計でした。実際手がけてみると、なかなかうまく設計・開発など出来ず、サラリーマンは、そんな簡単な仕事、甘いものではなかったのです。自分が設計したこの電気回路、電子回路は設計通りに動作するか測定器などを使って確認し、設計通りうまく動作すると、こんどはこの回路をキバン(基板)に実装(こんな簡単な表現ではいきませんが・・・)させ、このキバンを通信装置のどの位置に実装させ、装置を構成する他のパネルやキバンとどのように接続、配線するかを考え、さらに電源装置、また他の通信装置とどのように配線、接続するかとか考えたりしていると、結局は一つ一つ間違いが無いかを自分で確認して、次に進んでいくしかなかったのです。ですから、”日本一のなんたら男”、植木等さんの生き方にはあこがれましたが、実際はずっとコツコツやってきましたね。設計や物作りはコツコツ確かめていかないといけなかったのです。でも、これが社会人生活の「王道」などとは考えもしませんでした。当たり前です。人間、正直に真面目に”つつましく”生きていくのが良いのではと思いますからね。

やがて、技術者として成長し、自分の領域の装置ならなんでも自分で設計開発出来るとの裁量をもち、社を背負って立つ技術者に育ちました(そうかな?)。それで、世界の競合企業と戦う企業戦士としての私、ふらぬいはどうだったかと言いますと、世界の競合企業、いわゆる敵を出し抜くとか、欺くとかの言葉だけはおぼえましたね。本当は競合他社より技術的に優れたものをお客に提供し、お客様に採用(購入)してもらうとのことですがね。それは、競合他社、敵を打ち負かす、やつけることと同義です。競合他社に打ち勝つには技術的に優れているだけではダメでした。さらに、武力・権謀?を用いて相手、競合他社、敵に徹底的に勝利することが必要でした。つまり「覇道」が必要だったのです。でも私、ふらぬいは、競合他社や相手に(汚い?やり方で)出し抜かれることはあっても、やはり「王道」を貫き正攻法で対応したような気がします。時々は後ろから味方の鉄砲ダマが飛んでくることもあったりして・・・。あっ、これは口が裂けても書いちゃいけない・・・。

仕事を行うに当たって、王道でいくか、覇道でいくかはあまり考えていなかったように思いますね。それで、広辞苑にこの王道、覇道がどのように説明されているか取り上げてみますね。

まず、王道とは、①儒家の理想とした政治思想で、古代の王者が履行した仁徳を本とする政道を言う。対語は覇道 ②"royal road"の訳語で楽な方法。近道のこと。とありますね。
次に、覇道とは、①儒教で、武力・権謀を用いて国を治めること。覇者の政道のこと。対語は王道。
仁徳とは仁愛の徳。情け深い徳であり、立派な行為、善い行いをする性格、品性のことです。

産経抄筆者のコラムでは王道が良いのか、覇道が良いのか、どちらが良いかを問うている訳ではもちろんありません。ある物事に勝利するには王道もあり、覇道もあるとしており、どちらを採るかは、どう勝利するかにあるとしているのです。でも筆者の考えはなんとなく「王道」ともとれますがね。

産経抄コラムの書き出し部分です。

「王道か、覇道か。新設大学のテニス部を舞台にした青春小説『青が散る』(文春文庫)に、部員たちが論争する場面がある。いかなる手段を使っても、試合の勝利こそ至上とするのが覇道ならば、王道のテニスとは何だろう。作者の宮本輝さんは、答えを示さない。ただ、登場人物のその後の生き方に関わってくることだけを示唆している」
と書き始めます。

私は青春小説「青が散る」は読んではおりませんが、もし歴史小説なら、戦いに「王道」が良しとするのはあまりないのではないかと思いますね。もし、戦いに勝利するのに「王道」を選択した歴史上の人物は戦いに敗れていると思います。もし、王道で勝利する、そのような人物を取り上げた歴史小説はまったく面白くありませんからね。たとえ歴史小説として書かれたとしても読者の共感はあまり得られなかったと思いますよ。「王道」でもって勝利する”血湧き肉躍る”歴史小説なんてありませんからね。 ん? ”血湧き肉躍る”小説とは冒険小説かな? まあ、いいです。歴史小説の主人公が「王道」、つまり誰もが考え得る思った通りのやりかたで敵方に勝利する小説など、普通、読者は読みませんからね。(そんな読者がいないとは言えない、と言うのも真理ですが・・・)

それで、筆者は”いかなる手段を使っても、試合に勝利するのが覇道であるならば王道の勝利とは何だろう?”と問いかけますね。

ロンドン五輪の
「バドミントン女子ダブルスでは、いわば行き過ぎた覇道で、4組のペアが失格した。決勝トーナメントでの組み合わせが有利になるように、1次リーグで勝利を放棄するようなプレーが問題となった」
のでした。これを筆者は覇道だとしていますね。

少し、詳しく書きますと、
ロンドン五輪でバドミントン選手に無気力試合のお咎めがあって、ある国の代表選手(4組のペア)が失格になりました。それらの選手は予選を突破して決勝トーナメント試合出場が決まっており、決勝トーナメントでどのチームとやりたいか、またどのチームとはやりたくないか分かってしまったことにより、予選の試合に勝利するより、負けた方が得と判断したとのことです。これは多分、当該選手よりはそのコーチ、監督の指示だったように思うのですが、実際に無気力試合をしてしまった選手が失格になってしまいました。お金を払ってオリンピックの試合観戦で各国選手を応援している観客に不愉快な気分にさせてしまった、つまり観客に不満を与えたから咎められたとも言います。

実際に選手に対し「王道」ではなく「覇道で」いけとの指示があったかは分かりませんが、勝つためには手段を選ばずの考えはあったのでしょう。でも、そのスポーツのルール内で最終的に勝利を目指すとの意欲はあったと思います。ただ、相手から持ちかけられたとどこかの国(あの国です)の関係者が話していたのはいただけないと思います。

それと私も不思議に思っていたのですが、ロンドン五輪男子体操団体で圧倒的に強かった中国チームですが、個人総合には選手をエントリーすらしていませんでしたね。なにか意味があるのかなと思いましたら、産経抄筆者がきちんと書いていました。

「ロンドン五輪の体操男子団体総合で、圧倒的な強さを見せた中国選手の姿が、個人総合の表彰台には見られなかった。6種目それぞれの技がますます高度化してきた近年、すべてをこなすのは、選手に大きな負担がかかる。そこで中国は、2種目程度のスペシャリストを養成して戦う「分業方式」を採用している。種目別でもメダルを量産するはずだ。内村航平選手(23)は、それを承知しながらオールラウンダーにこだわってきた。28年ぶりに日本にもたらした金メダルは、体操の王道を歩んできた者だけに与えられる栄光である」
とですね。

前回の北京五輪の時には体操個人総合で優勝したのは中国人選手でした。何故今回、個人総合にエントリーすらしないことになってしまったのか考えますと、中国にはスペシャリスト養成の方がメダルを多く取れるとの中国としての大局的な考えがあったのですね。でも、個人戦に選手をエントリーすらしないのはおかしいのではと思いましたけどね。これで種目別ですべて中国選手がメダルを取得したら、オリンピック体操競技のルールを変えないといけませんけどね。

さらに、さらに、そのお咎めの火の粉が、わが”なでしこジャパン”にも降りかかりましたね。
産経抄の筆者は、
「おとがめはなかったものの、サッカー女子日本代表「なでしこジャパン」の佐々木則夫監督が、1次リーグの南アフリカ戦で出した「引き分け指示」も、論議を呼んでいる。金メダルに少しでも近づくための、苦渋の決断だったという。
「覇道の秘策やな」「それを王道に変えるのは、お前と金子や」。『青が散る』のなかにこんなやりとりがあった。「なでしこ」たちは決勝トーナメントで、「王道サッカー」を再び見せてくれるだろう」
とね。
やはり産経抄の筆者は「覇道」派ではなく「王道」派だったのでしょうか・・・。

このブログを書いている今では、”なでしこジャパン”が決勝トーナメント準々決勝でブラジルを破ってしまってから書いていますので、”なでしこジャパン”が産経抄筆者が言う「王道サッカー」をやった後なのです。私は「王道サッカー」というより、”なでしこ”らしいサッカーを一生懸命にやって勝利したと考えていますけど・・・。

五輪(ばかりではありませんが)サッカーは現在のルールでは引き分け以上で勝ち点がつきますので、強豪チームが相手の場合には引き分け狙いは戦術ですよね。私は「なでしこジャパン」の佐々木監督の今回の戦術は是としますよ。もし、引き分け狙いでオウンゴールを連発したらそれは認められませんけどね・・・。

産経抄筆者は「覇道」より「王道」に肩入れしているのが分かりましたが、スポーツはルールに従って勝利に向け最善を尽くすスポーツですから、その種目種目でどうしたら勝利に近づけるかを考えてプレーすることも大事と思いますけどね。

あっ、それで今回惨敗した男子柔道ですけど、ロンドン五輪ではもう柔道ニッポンの言葉は飛び交いませんでした。もう、柔道は”JUDO”のスポーツに変質してしまったのです。少なくともオリンピックでは、いつまでも柔道などと言って「王道」を歩いていてはいけません。もう「JUDO(ジュードー)」に変わってしまって久しいのではないかと思います。こちらは「覇道」に変質していく必要があります。まして、今回はロンドン五輪の開会式で元ビートルズのポール・マッカートニーが「ヘイ・ジュード(ー)」と親しみをこめて唄ってくれたではありませんか。もうジュードー・ニッポンではありません。世界のヘイ・ジュード(ー)になってしまったのです。(柔道ファンの方ゴメン、ちと我慢して下さい)

オリンピックには参加することが一番大事と昔は教えられた気がします。でも、その考えが無くなってから久しいのです。まして、オリンピックでは勝つことが一番、メダル奪取が一番ですから、それに向かって権謀術数(巧みに人をあざむくはかりごと)を行うのは当然と考えるべきと思います。「王道」、「覇道」のどちらを使ってもよいと思います。でも、やはり勝つことの方がよいですし、負けて良いわけはありません。

ロンドン五輪日本選手の皆さん、これからも活躍を応援していますからね。

王道か、覇道か、それより勝つことが大事、と”ちと”力が入ったブログでした。

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