「どくとるマンボウ」こと北杜夫さんが亡くなりました

私、ふらぬいは現在かなり落ち込んでいます。なんと言いましても、大好きな作家の「どくとるマンボウ」こと北杜夫さんが10月24日早朝に亡くなられたことを、本日の新聞夕刊で知ったからです。作家が亡くなっても私はあまり落ち込むことはないのですが、これが喪失感なのでしょうか。今回、北杜夫さんの訃報は特別なことの様に思えるのです。

北杜夫さんの本といえば、まず、私が大学時代に読んだ「どくとるマンボウ航海記」、「どくとるマンボウ青春期」が思い出されます。その後、出版される「どくとるマンボウ」シリーズは必ずと言っていいくらい読みました。30代中頃までは、何故か気が滅入ることがあると、北杜夫さんの本を引っぱり出してきて読んでいました。「怪盗ジバコ」もその一冊でした。でも、「夜と霧の隅で」や「幽霊」も読んだりしていましたよ。そして、北杜夫の新刊書が出るたびに本屋に走って行き、新刊書を手にいれました。どこか北さんの感受性が私の性格にあっているような感じがしていました。その後、「輝ける碧(あお)き空の下で」と「楡家の人びと」を読んで、その文学者としての才能のすごさを再認識したものです。大歌人で精神科医でもあった斎藤茂吉の息子であることは初めの頃から知ってはいましたしね。彼は斎藤茂吉に関する著作も多くありますね。私はそちらはあまり読んではおりませんが。お兄さんの精神科医、故斎藤茂太氏の本にも私は随分お世話になりました。激励もされました。また、彼の、お嬢さん、娘さんの斎藤由香さんの本も楽しく読ませていただいています。北杜夫さんは年齢が84歳でしたから、それなりに長命というのもなんですが、腸閉塞が死因だそうです、もっと長生きして欲しかった。やはり本当に残念な気がします。

北杜夫さんで思い出すのは、昔TBSで日曜日午後10時からTV放映されていた、「すばらしき仲間」の番組のことですね。遠藤周作、北杜夫、佐藤愛子、私が好きな作家です、の各氏が軽妙洒脱なおしゃべりを交わす、「すばらしき仲間」の番組でした。いたずら好きの遠藤周作が北杜夫をからかう。北さんが色々、遠藤周作に抵抗したり、持ち上げたり、逆に遠藤周作をからかったりしましたね。佐藤愛子さんの合いの手も品(ひん)があってすばらしかったのでした。なんかお三方のトークがすばらしくて、これこそ「すばらしき仲間」のトークだなんて思ったりして、当時日曜10時のこの番組が楽しみでした。

北杜夫さんは娘の斎藤由香さんと、テレビ朝日の、あの「徹子の部屋」に出演され、ここでもお三方でユーモア溢れる楽しい会話がかわされていました。ほのぼのと嬉しい気分にさせてくれました。北杜夫さんの躁鬱病については、彼の著作に頼るしかないのですが、躁鬱病患者の人となりを世の中に認知せしめたのでした。本にも、躁鬱病、そのことを随分かきましたからね。私は、阿川弘之さんとの対話集も興味があって読みました。阿川佐和子さんと斎藤由香さんの話がでてくると私は食い入るように彼らの話の中に入っていったように思います。

好きな作家、北杜夫さんが亡くなって、現在、相変わらず、かなりの虚脱感、喪失感にさいなまれていますが、とりとめのない文章を書いて少し収まってきました。

北杜夫さん、たくさんの名作、著作を残していただき有り難うございました。北さんの冥福を祈り、合掌します。

ツイッターのような雑文でブログの体裁にはなっておりませんこと、ご容赦を。

本日、10月27日付け主要新聞各紙が北杜夫さんの事柄を各紙コラムで取り上げていましたね。朝日新聞の天声人語、読売新聞の編集手帳、毎日新聞の余録、サンケイ新聞の産経抄です。各紙、懐かしくかつほのぼのとする北杜夫さんの人柄を偲ぶ内容でした。私のほうがもっと北さんのこと知っているとは言いませんよ。北海道新聞の卓上四季の筆者は、「長くみずみずしさを湛(たた)えた「青春」が終焉した。寂しい」と。各紙コラムの筆者に心から感謝します。(10月27日 ふらぬい記)

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