浜岡原発停止、政治主導を歴史が評価と、あれどこかで聞いたような

「浜岡原発停止、政治主導を歴史が評価」と菅首相が述べていました。菅首相は福島第一原発事故をうけて、最も危険な原発と言われてきた、静岡県御前崎市にある中部電力浜岡原子力発電所を全面停止するよう、中部電力に要請しました。中部電力は総理大臣の要請を重く受け止め、浜岡原発を停止することにしました。停止作業はすでに始まりました。浜岡原発の停止は東日本大震災の津波被害を受けて大事故の最中にある福島第一原発の状況を考えるとやむを得ないとは思います。でも、政治主導を歴史が評価と、菅首相がですか? そこまで言いますかね。あの、政治主導しなかったことについても、歴史が評価すると言っていたお方が、そこまで言うか、と考えてしまったブログです。

あの、政治主導をちっともしなかった事件、中国人船長が狼藉を働いた、あの尖閣諸島沖事件を、皆さんはお忘れでは無いでしょうね。東日本大震災と福島第一原発事故があまりにも大きかったですから、もしかしたら忘れてしまった? 私は、菅首相が「浜岡原発停止を歴史が評価」と発言したのを聞いて、あれ、どこかで聞いたような? そう言えば、尖閣諸島事件のときにも、菅首相は同じことを言っていたことを思い出したのです。あの時には、沖縄県の検察にすべてを押しつけたこと、つまり政治主導をな~んにもやらなかった政府が取った対応のことです、を”歴史が評価する”とまで仰ったのですよ。私は歴史家ではありませんので、あの時の政府が取った対応をすぐさま評価してしまい、評価にまったく値しない、最低の対応だったと考えていますからね。いろいろブログで書きました。どれだけ菅首相を揶揄したか、もうすっかり忘れてしまいましたが・・。
なのに、菅首相は、またまた浜岡原発停止で同じ文言を使ってしまったのです。政治家がというより、特に菅首相はよく使うらしいのですが、苦渋?の決断を、あの”stale cliches”と言う、”陳腐な決まり文句”にして(しまっているのは私です。すいません)良いのかと思いますよ。

新聞によりますと、

菅直人首相は5月13日の参院予算委員会で、中部電力に対する浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)の全面停止要請について、「行政指導であり、私の政治判断だ。評価は歴史の中で判断いただきたい」と述べ、原子力安全委員会や経済産業省原子力安全・保安院に一切相談せずに決断したことを明らかにしたのだそうです。

中部電力に浜岡原発停止を要請した理由については、同原発は東海地震発生の可能性が非常に高い地域にあるため「熟慮を重ね、国民の安全と安心のために必要だとの結論に達した」と重ねて強調、中部電力の要請受け入れを評価した、とのことです。

それで、TV、新聞等主要メディアには、菅首相決断、浜岡原発停止のことです、を「政治主導」として評価する論調が目立っています。確かに今回はご自身でやったと仰っていますから政治決断されたのでしょう。一方で、菅首相は浜岡原発以外の原発の停止を求めない考えを示しました。東海地震の震源域の真上にあるという浜岡原発の特殊性のみが強調される形となったのは問題だとの考えもありますからね。 そして、浜岡原発の津波対策が完了すれば、政府が中部電力に運転再開を確約したとも、もれ伺っており、原発を抱える全国の自治体からは「なぜ浜岡だけなのか」との困惑の声が上がっているのも、むべなるかなと理解するところでもあります。

TV、新聞等主要メディアや世論で高く評価されている浜岡原発停止要請の根拠は、「30年以内にマグニチュード8程度の想定の東海地震が発生する可能性は87%と極めて切迫している」ことだ、と菅首相は述べていましたね。
理系出身の菅首相が言うと、数字は具体的であるがゆえに説得力をもっているように思います。しかしながら、菅首相が引用したのは文部科学省地震調査研究推進本部の数字でした。それは、菅首相が本部長を務める福島原発事故対策統合本部が、30年以内に震度6強以上の地震が起きる各原発の、今年1月1日時点での確率を発表した時に使われたものでした。

文部科学省地震調査研究推進本部のホームページ、
http://www.jishin.go.jp/main/index.html
と活動報告です。あの東日本大震災の後、報告書として確かに提出、公開されていました。貼り付けますね。
http://www.jishin.go.jp/main/p_shokai02.htm
http://www.jishin.go.jp/main/p_hyoka02L.htm#kaiko

その報告書によれば、「30年以内にマグニチュード8程度の想定の東海地震が発生する可能性」は
浜岡原発付近の地震発生確率が87%となっています。
ちなみに、福島原発付近の地震発生確率が0~0.8%
福島第一原発付近は0%、福島第二原発付近は0.8%になるのだそうです。

それで菅首相が、浜岡原発停止理由付けとして、浜岡原発付近の地震発生確率が87%の数値を使い、福島原発付近の数値になんら言及しなかったのは問題なのかも知れません。でも、この報告書が全然役に立たないと言うつもりはありませんよ。じっくり確認して頂くとわかるのかも知れませんし、私はあまりに情報が多すぎて理解に手間取っていますからね。

文部科学省地震調査研究推進本部の活動報告書にて、今年1月に発生率0・0%と分析されていた福島第一原発地域に、3月11日、マグニチュード9・0の大地震が発生したのです。地震予知の難しさを示す事例であり、それだけに、この種の数字だけでは浜岡原発の停止要請は説得力に欠けると考えたのか、理系の菅首相は5月6日夕方の会見で、「浜岡原発が東海地震の震源域内にある」ことを、もうひとつの理由として掲げていました。しかし、これさえも今回の事例に明らかなように、震源区域と見られていない場所で巨大地震が起きたことを考えれば、危険なのは浜岡原発だけで、他は安全だという菅首相の言葉の信憑性、信頼性を担保するものではないのです。

菅首相発言の驚きは、個々の原発の安全性を無責任?(すいません、私がこんなことを言ったりして)に論ずることにとどまらないのです。5月10日の会見で菅首相はいきなりエネルギー政策の大転換を宣言しました。原子力と化石燃料に支えられる2本柱体制から、太陽光など再生可能な自然エネルギーを基幹エネルギーに加え、省エネ社会をつくるという4本柱体制にすると語ったのです。昨年民主党政権が決定したエネルギー基本計画-2030年までに原発を14基以上増やし、CO2を出さない原子力などが総電力に占める割合を70%にする-という決定を白紙に戻すと宣言したものです。

エネルギー戦略は、国防と外交に匹敵する重要事項と言われています。それで、その決定には国益を踏まえた十分な議論が必要なのです。しかしながら、菅首相宣言の背景にはそうした党内議論の裏付けはありませんね。そして、国家戦略も見えてこない。(言い過ぎかも) もちろん議事録も確証も無いものと考えられます。

菅首相がご自身の責任といみじくも発言しているように、政府内で議論が行われた痕跡がまったくない中で、細野豪志首相補佐官は、菅首相は4月上旬から浜岡原発のことについて考えていたとの見方を示しています。菅首相は少数の側近とはかって浜岡原発停止要請への世論の反応などをひそかに探っていたとの見方も報じられています。国家のエネルギー政策よりも支持率挽回や政権の求心力回復を優先して思案していたと言われても弁明できないだろうとの穿った見方がでてくるのもやむを得ないのかもしれないのです。

政治主導の名の下に、結論だけがいきなり降って沸いてくるのが菅首相政権なのですね。ですから、評価を歴史に委ねると言わざるを得ないのです。尖閣諸島事件、北方領土問題、普天間基地移設をも含めるとやりすぎかな、国益や国家戦略を欠いた菅首相の歴史に判断を委ねる思考と、今回はご自身が決めたと言う民主主義のプロセスをとび越えた、菅首相の手法こそ、歴史に判断を委ねてはいけないものと考えてしまいます。

今回は、政治主導での決定でしたから、評価は歴史に委ねるとの発言の裏には、菅首相の「最小不幸社会」実現のこだまが聞こえる気がしてならないのです。やはり、日本国として、「最大多数の最大幸福社会」実現を歴史が評価してくれるのではないかと思うのですがね。

ご自分の判断で浜岡原発を止めることは、もしかしたら政治決断と言えるかも知れません。でも、歴史が評価するのは、大衆に迎合しない、TV、新聞等主要メディアや世論で高く評価されないかもしれないことを実践することの方が多いように思いますね。と言うのは菅首相には原発を止めない選択肢もあった訳です。しかし、ただ原発を止めないと言ったら、首相として、やらなければいけないことがあまりにもたくさんあったのです。原発を安全に稼動させる安全諸施策の実践ですね。原発事故は起きないから安全というのが安全神話でした。安全神話ですから思考停止になっていました。ですから、原発事故は起きても安全とするためには、どうするか。そのためには、つまり、想定外を無くすることですね。技術的に多大な困難が待ち受けていますね。その前にやることがあります。原発ムラ社会の解体ですね。政府の責任でできるのかどうかですね。でもやらなければ原発を継続することはできません。少し話がクドくなってきましたので、この辺で止めますが・・・。

菅首相にとって、確かに、原発を止めるのも大変、続けるのも大変とも言えます。ですから、歴史が評価するのは、止めるにせよ、続けるにせよ、その次のステップをきちんと行うかどうかですからね。今回は止めたのですから、止めたことに責任をもって、日本国のエネルギー政策を次のステップに導く、実践が必要となるのですからね。それで、立ち止まり、手をこまぬく政策、政治であってはいけないのです。というのは、歴史が評価するのは何十年も後になってからです。歴史の評価が”吉”と出るか”凶”とでるか、菅首相にはどうでも良いことでしょうが、これからの日本を担う国民にとって、歴史が評価するほど、そんなに待てないですよ。あまり軽々しく、歴史が評価するとの言葉を使って頂きたくはないと思いますね。

浜岡原発停止、政治主導を歴史が評価と、あれどこかで聞いたような、というブログでした。

あの、計画中の防波堤、防潮堤が完成したとしても浜岡原発再開は無理ですからね。もし、再開するには安全設備について議論を尽くし、それらの安全設備を実現してからにして下さいね。というより、他の原発についても安全設備の見直しは焦眉の急と思いますよ。 また、菅首相を揶揄しているように思いますが、揶揄もしていますが、応援もしてもいますからね。しっかり頑張って欲しいと思います。いつも付け加えていますが・・・。

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