アジアカップ優勝のザックジャパンはイタリアオペラを演じた

「アジアカップ優勝のザックジャパンはイタリアオペラを演じた」ブログだなんて、またまた、受けを狙ったタイトルで、「なんだなんだ」、との声も聞こえてきますね。というか、そんなこともないかと思いますがね。

日本チーム、サッカー、アジアカップ優勝における、新聞、TVなどマスコミのキャッチフレーズ、キャッチコピーはほとんどが次のようでしたね。
”日本、アジアカップサッカー優勝、ドーハの悲劇を一蹴!”
激闘の末、ザックジャパンはサッカー、アジアカップに優勝した。開催は、くしくも18年前、日本チームがあと一勝のところで初のワールドカップ出場を逃したカタール、「ドーハの悲劇の舞台」、ドーハであった、という文言は外せませんでしたね。ですから、もう今となっては、日本チーム、アジアカップ優勝で、「ドーハの悲劇」ならぬ、「ドーハの歓喜」、「ドーハの悲劇一蹴(いっしゅう)」とか「日本サッカーの進化」などと褒め称えられました。日本チーム、日本選手の活躍は本当にすばらしいものでした。
あの、スポーツ新聞のキャッチコピーの方はフォローできていませんので、そこのところはよろしくお願いします。

つれづれぶろぐのトーンに戻しますね。

中東カタールのドーハで行われたアジアカップサッカーで日本チームはザッケローニ新監督のもと見事優勝しました。強豪オーストラリア、韓国に競り勝ち文句無しの優勝でした。うれしかったですし、選手の皆さんに「感動を有り難う」なんて、言葉に出さずに呼びかけましたよ。しかもですよ、なんと全試合をTV中継で観てしまいました。やはり、定年後だから、このように自由な時間が有ったのでしょうね。私としては、喜べないというか、喜んでいいのかどうか・・・。

それで、「アジアカップ優勝のザックジャパンはイタリアオペラを演じた」ブログです。

確かに、対ヨルダン戦では吉田、対シリア戦では長谷部、本田、対サウジ戦は岡崎、前田始め皆が良くて、対カタール戦は香川、伊野波、対韓国戦は前田、細貝、川島、対オーストラリア戦は長友、李、川島、選手名を挙げることもなく、(挙げてしまっています。失礼)全試合を通して日本選手の活躍はすばらしいものがありました。なんといっても予選突破後、勝利しなければいけないすべての試合に勝利したのですから、「天晴(あっぱ)れ!」と言う言葉で褒め称えることにつきる訳なのです。

それなのに、イタリアオペラとは、どうしてそんなことを言うのだろう? と思いませんか。ザッケローニ監督がイタリア人だからかな? とも思いますよね。確かにそれもありますね。私は、今回の日本チームの戦い方にザッケローニ監督指揮のもと、イタリアオペラを演じる日本選手の活躍を観てしまったからそのように感じたのです。

でも、やはり何か裏があると思いますでしょう。その通りなのです。ある本を読んでいて、あっ、と思ったのですよ。それはですね、河合隼雄著「人の心がつくりだすもの」という対談集の中にありました。

皆さんは、河合隼雄さんをご存じですね。京都大学名誉教授、臨床心理学者で文化庁長官も歴任されました。2007年7月に残念ながらお亡くなりになられました。私は河合隼雄さんの書かれた本が(も?)大好きで、数冊読んでいるのですが、彼の対談集も好きなのですね。先週は、小川洋子さんとの対談集、「自分の物語をつくること」の中で、小川洋子の名作「博士の愛した数式」、この本はかなり昔に読みました、に関する対談に感動してしまいましたよ。それで、今週は「人の心がつくりだすもの」を読んでいるのです。それで、河合隼雄さんとスポーツライターの玉木正之さんとの対談が載っていました。その対談を読んで、玉木さんの話すことに、そうだったのかと関心してしまい、掲題のブログになってしまったのです。玉木さんと河合隼雄さんとの対談で、玉木さんの指摘、イタリアサッカーとは、と述べている内容が、今回のザックジャパン、アジアカップ優勝、つまり、日本選手の活躍そのものがイタリアオペラにダブって見えてしまったのです。

随分ひっぱりますね、との声が聞こえてきます。もっと引っ張りますよ。

河合隼雄さんとの対談で、玉木正之さんはヨーロッパのスポーツとアメリカのスポーツの違いを述べているのですが、河合隼雄さんが、「科学には国境はありませんが科学者には国境があります」、とノーベル化学賞を受賞された野依良治さんの発言に触れて、科学の世界は誰が発見しようが科学的真理は一つだが、そこにいたる道とか、それを構成するかたちとかは日本、アメリカと国民性が出てくる、とそのような話しから、サッカーの話しに発展していっているのです。

玉木さんは、
「よく世界中のサッカーが、その国民性をあらわしているといわれます。イングランドのサッカーは、一見スマートに見えながら、蔭で悪いことをしている。全然ジェントルマンじゃあない(笑)。ドイツのサッカーは完全に組織的だとか。フランスのサッカーは人が自由に動く、とかいわれる。スコットランドの記者がJリーグ取材にきたとき、そのような話しをしたと。ただ、イタリアのサッカーだけは分からないと話した。しばらくたって、イタリアサッカーが分かってきた。イタリアのサッカーというのは、とにかく全員で守りに徹する。ディフェンスがすごく強い。そして、一瞬のチャンスを見てカウンターで点をとりにいく。そういう特徴がある。そういう特徴があるんですが、どうして、あのイタリア人みたいな連中が守るサッカーをやっているのかわからない。それで、よくよく考えたら、彼ら、イタリアサッカーはイタリアオペラをやっている(演じている)ことがわかった」、と言います。

玉木さんは続けます。
「椿姫でもマクベスでもオテロでもそうですが、堪えて堪えて、堪え忍んで、最後にクライマックスを迎える。これは完璧にイタリアオペラだと思いましたね。堪え忍ぶところに、イタリア人の感性がぐっと投入されていく」、と。

「日本人のサッカーなら堪えて堪えて終わりますね」、と河合さん。

玉木さんは、
「そこからついでに発展させて考えたら、ドイツオペラは最後に死ぬんですが、昇天して救われたりする。ワーグナーなんかその典型で、最後は神に召されたことで、死んでもハッピーエンドですね。イタリアオペラは不倫とか裏切りで死んだりする。死んだあとで、観衆がみんな「ブラボー」っていうんですよね。それを、サッカーでやっている(笑)」、と続けます。

そして、日本のサッカーに触れ、組織的で、真面目に堪え忍ぶサッカー(で勝てない?)とでも言いたかったのでしょうが、どうも分からない、ということで、別の話題に移っていくのです。

このような対談だったのですが、河合隼雄さん、玉木正之さんが、今回のザックジャパン、アジアカップ優勝を予見して対談されていた訳ではないのですが、私にはピンとくるものがありましたよ。

今回のザックジャパンの戦い方をみていると、全ての試合が、なんとイタリアオペラ的であったことか、と私は思うのです。あの、堪えて堪えて、最後に歓喜がくる。ほとんどの試合がそうだったでしょう。(私だけがそう感じた訳ではないですよね) まして、準決勝の対韓国戦、決勝の対オーストラリア戦なんて、ズバリそのことが言えたと思いますよ。準決勝のPK戦勝利、そして、決勝戦、あの長友選手のセンタリングと李忠成選手のボレーシュートのゴール。私はどこかの試合で見た名波選手のボレーシュートのゴールが今でも印象に残っているのですが、李選手のボレーシュートのゴールはそれにも勝る歓喜の瞬間でした。

あの時、私の耳には、ヴェルディのオペラ「アイーダ」の”凱旋行進曲”、オペラ「ナブッコ」の有名な歌”行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って”のメロディが聞こえましたよ。メロディは大丈夫だけれど、題名は合っているかな。少し心配。でも、イタリアオペラですから・・・。指揮者でなかった、指揮官のザッケローニ監督がイタリア人だから、そう言ってる訳ではないのですよ。そうとしか思えない、との声が聞こえてきますね。

それでですね、ザックジャパンの皆さんが帰国された時にヴェルディのオペラ「アイーダ」の”凱旋行進曲”をTV中継で流していただけたらとおもいましたよ。イタリアオペラを演じて勝利の凱旋帰国をされたのですから。もし流したTV局がありましたら、さすが! とそのTV局を褒め称えますよ。

それが、どうして、ザックジャパン、今回アジアカップ優勝の日本チーム、日本サッカーがイタリアオペラと関係があるのか、今でも分からない、とまだ仰っている方も居るかも知れませんね。
あの繰り返しますが、「堪えて堪えて、そして最後に歓喜の瞬間を迎える」のがイタリアオペラなのですよ。今回のザックジャパン、アジアカップ優勝はそうお感じになりませんでしたか? 私は、全試合TV中継で観ましたのでそう思ってしまうのかも。でも、いいですよ。そう堅いこと仰らずに、ベルディのオペラ「アイーダ」を聴いて、歓喜の勝利に浸りましょう。

アジアカップ優勝のザックジャパンはイタリアオペラを演じたブログでした。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック