ふるさと 北海道雨竜郡沼田町旧浅野炭坑のつれづれぶろぐ、も一つ

久しぶりに、旧浅野炭坑のつれづれぶろぐを書いています。今回の旧浅野炭坑のつれづれぶろぐは、”も一つ”、です。これで8回目ですね。団伊玖磨さんの「パイプけむり」に合わせていきますと、”まだまだ”の次は”も一つ”になるのです。その次は”なお”です。本当ですよ。

その”も一つ”なんですが、北海道雨竜郡沼田町の関連年表(1988-2008)の中に、私、ふらぬいとしましてはどうしても気になり、確認したい項目がありました。それは、以下のHPに記載の文言です。

http://202.252.170.6/research/staff/kado/nenpyo.pdf

その2行目なんですが、

1988年8月21日 沼田旧浅野炭鉱従業員ら炭鉱跡地で親睦会。(道新 880822)

とありますよね。

1988年ですから、昭和63年のことです。さらに、8月21日のことです。しかも、この日は日曜日なのです。私は、この昭和63年8月のお盆休みに、北海道空知郡上富良野町に帰省しており、兄、母、兄嫁と一緒に車で旧浅野炭鉱の町を訪れていました。つまり旧浅野炭鉱の町の佇まいを、この日、この目で見てきたのです。その様子も、つれづれぶろぐに何回か書きました。

それで、少し知ったかぶりしますとですね、

”沼田旧浅野炭鉱従業員ら炭鉱跡地で親睦会”というのはどういうことなのかな、と不思議に思ってしまいました。私がその日、目にした旧浅野炭鉱の町は、ブルドーザで倒された後の瓦礫の町なのでした。どこかに建物が残っていたかも知れないとは考えました。なぜなら、私は、旧浅野炭鉱の町全部が瓦礫になってしまっていることを確認した訳ではなかったからです。あの選炭場近くのどこかに残った建物で親睦会を行ったのかとも考えました。

でも、旧浅野炭鉱従業員が集まって親睦会を行うような場所はやはり無かったように思えてきました。それなら、どこで親睦会をやったのだろう、と自問自答していました。そんなこともあって、なかなかブログに書くことができなかったのです。

ところが、やはり、旧浅野炭鉱の町、選炭場の炭鉱跡地は見学程度に留め、親睦会は別の所で行ったのではないか、と考えるようになりました。そこで、ピンときたのが、当時の旧浅野炭鉱の隣町にあった幌新(ほろしん)温泉でした。

私の「旧浅野炭坑のつれづれぶろぐ、まだ」で、兄、母、兄嫁と一緒に私は、昭和63年に幌新温泉に寄ったことを書きました。あの時、私が生まれ育った第一の故郷、旧浅野炭鉱の廃墟を自分の目に焼き付けた後、上富良野町への帰路、幌新温泉に寄りました。幌新温泉では浅野会という同窓会が開かれていました、と書きました。あの時、正式に日時は書きませんでしたが、私が兄、母、兄嫁と一緒に出かけた時期と、この北海道雨竜郡沼田町の関連年表(1988-2008)記載の記事の日時が合致します。兄が亡くなるちょうど一年前の夏です。私はお盆休みで、上富良野町に帰省していて、兄に旧浅野炭鉱の町に連れていってもらったのです。

私は、1988年の5月、6月はアルゼンチンのブエノスアイレスに出張していました。それで、7月は、お客様の通信設備のシステム要求仕様を実現する、システム開発提案書を作成して、客先に提出しました。それで、8月のお盆休みに、5~6年ぶりに上富良野町に帰省することができたのです。兄が上富良野町役場に勤めていましたので、北海道各市町村役場関連情報で、沼田町の旧浅野炭坑の町がとうとう湖の底に沈むことを知り、今回が最後かも知れないので、お前、私のことです、の生まれ故郷を見に行こうということになったのでした。

私が「旧浅野炭坑のつれづれぶろぐ、まだ」で、幌新温泉で旧浅野炭鉱の住人の親睦会のことを書きました。もしかしたら、この沼田町の関連年表の文言、イベントと同じものなのかなと思った訳です。
つまり、私たちも同じ日に旧浅野炭鉱跡地を見にでかけ、奇しくも、幌新温泉で旧浅野炭坑従業員らの親睦会、浅野会にかち合わせたのではないかと思うようになりました。
もし、そうだとしたら、旧浅野炭鉱の従業員らが、私たちの数時間前に旧浅野炭鉱の跡地を見学し、幌新温泉に場所を移して、浅野会という宴会を行っているところに、私たちがそこに合流したことになるのです。そんなことを考えたら、本当にすごい一期一会だったのでは、と思うようになりました。

でも、炭鉱跡地と書いてありますので、やはり、違うのかなとの思いも捨て切れません。私はただ、あの炭鉱跡地で親睦会ができるのかなと不思議に思ったりはしていますが。

北海道雨竜郡沼田町の関連年表(1988-2008)の中に、その後、旧浅野炭鉱従業員らの親睦会が開催されたの記載はありません。しかしながら、どこかのHPかぶろぐに浅野会の記述がありました。定かではありませんが、その後も親睦会は開催されているやに思います。もしかしたら沼田町以外の場所かも知れません。

ですから、私のかすかな期待に沿って、この記事は

1988年8月21日 沼田旧浅野炭鉱従業員ら炭鉱跡地を見学後、幌新温泉で親睦会。

と書き直されると、なんとなく嬉しい気持ちになります。

いつか、北海道新聞の1988年8月22日付けを読んで確かめたいと思います。

もし、ご存じの方がおられましたら、コメントで教えて頂ければ幸いに思います。
あの、かすかな期待がかならずしも実現されるとは思っていませんですから。

ふるさと 北海道雨竜郡沼田町旧浅野炭坑のつれづれぶろぐ、も一つでした。

”炭鉱”と”炭坑”を意識しないで使っています。個人的には”炭坑”が親しみ易いのですが、”炭鉱”も使ったりします。ご容赦下さい。

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