もういちど読む山川日本史をもういちど読みました

少し変なタイトルですが、ご容赦下さい。「もいちど読む山川日本史」をもういちど読んでみました。そのつれづれぶろぐです。

「もういちど読む山川日本史」の表紙ですがお見せしましょうね。税込み1575円でした。
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高校時代に勉強した歴史の教科書は山川出版社の日本史、世界史でした。受験勉強も兼ねて一生懸命勉強したものでした。私は、地理と政治経済を大学の受験科目に選択してしまったので、歴史の勉強については途中で挫折を味わった一人でもありました。あの、でも日本史、世界史の授業は疎かにしませんでしたからね。通知票で一番良い成績はいつももらっていましたからね。えへん。

こんな自慢話をするつもりは無かったのですが、結局、してしまいました。私は、高校時代、大好きな歴史の先生が居りまして、かなり影響を受けたものでした。いつも先生からは歴史に学ばない人生なんてありえないと、歴史を学ぶことの重要性はしっかりとたたき込まれていました。人生や勉強について、色々ご教示を受けた歴史の先生でしたが、残念ながら、3年前に亡くなられました。

この「もういちど読む山川日本史」がベストセラーになっていることは知っていました。自分としても、もういちど読んでみたいとはかねがね思っていました。学校で習った山川日本史と今回読む「もういちど読む山川日本史」とでは、読後感がどう違うんだろうと思いましたね。同じ高校の日本史教科書ではありますが、私自身、高校卒業後に人生経験を経て得た歴史知識の量が違います。岩波新書で日本史を読んでいますし、映画、テレビ、小説等でも広範な歴史の知識を得ています。私の溢れ出る(?)歴史知識を背景に、この「もういちど読む山川日本史」を一気に読んでしまいました。今回は中間試験も期末試験もありませんので、小説を読む感覚で読み進めました。そして、次から次に、いつ、どこで、だれが、何のために、何をして、どうなったか、を忘れていきました。しかしながら、一気に読んだ達成感、充実感と言うものはありましたね。さらに、終戦後の歴史については、自分の生きてきた歴史でもありますので、これがもう日本史の教科書に載っているんだとの感慨もありました。

なぜ、読むことになったか、ということもお話しさせて下さい。もちろんベストセラーだからという理由だけではありません。あの時、高校卒業後から還暦を迎えるつい最近までに、自分が何故か不思議に思っていた歴史上の事柄がそれなりにありました。それを検証する、ちょっと大げさかな、つもりもありました。つれづれぶろぐですので、たくさんあげる訳にはいかないのですが、やはり、日本国の成り立ちとか、戦国時代の室町幕府、さらに、江戸時代中期の鎖国、末期の尊皇攘夷などの疑問等は外せませんでした。それで、それらについて、「もういちど読む山川日本史」では、どうなっていたかをまとめてみました。

まず、一番目、日本の国の生い立ちについてです。大和王権の成立は興味深く読みました。はっきりしないまでも、しっかり記述してありましたね。
邪馬台国の九州説、大和説の論争はずっと続いていましたので、自分なりにフォローは出来ているつもりでいました。「もういちど読む山川日本史」でも、九州、大和どちらでも、それなりに説得ある記述がされていました。また、紀元57年、中国後漢の光武帝に頂いた志賀の島で発見された金印から、倭国(日本です)に奴国があったことが分かります。また、紀元239年、中国魏、曹操の時代の魏志倭人伝に出てくる卑弥呼が親魏倭王の称号を得たことも書かれています。さらに、私が知らなかった、忘れた?、ことですが、5世紀頃、倭国の5王、讃・珍(弥)・済・興・武とよばれる倭の5王が中国南朝の宋に使いを送ったことがわかっている。これらは大和の王であろうと記述されています。しかも、倭武王が「古事記」、「日本書紀」に伝えられる雄略天皇らしいとのこと。私は中国の歴史を学んでいて、それなりに知識もありました。日本の古代史がかなりのところにきていると分かりました。日本に漢字がもたらされるまでの日本の歴史は中国経由になってしまうのです。その辺は相変わらず変わっていないのは理解します。「古事記」が712年、「日本書紀」が720年に完成していますが、後から書かれた歴史であり、その成立過程に問題もあり、古代史の歴史検証への貢献はなかなか難しいように思いました。私自身、「古事記」、「日本書紀」にも一応は目を通してはいましたので興味はありました。しかしながら、中国、朝鮮の歴史的資料から、日本の成り立ちが分かってきている状況は理解しました。

古代国家の形成以降、つまり、飛鳥時代から大化改新が行われた頃以降は、高校時代に学んだ日本史と記述内容にはあまり変わっていないのかなと思います。ただ、記述の仕方、史実の取り上げ方に違いはあるとは思います。個人的には、蘇我氏、物部氏以前の歴史がどのように解明され、どのように記述が変わったのか、興味がありました。天皇陵と言われる前方後円墳とかの古墳から、高校卒業後、この45年の間に新しい歴史事実が分かったのではないかとの興味がありました。残念ながら、いわゆる天皇陵と言われる古墳、高松塚古墳、箸墓古墳もそうですが、調査が進んでいないように思いましたね。古墳発掘調査は宮内庁の管轄で難しいのでしょうか。
飛鳥時代以降の宮廷文化からが、人名が出てくる日本史なのだとの考えは変わりませんでした。大きな事件は大化の改新でしたので、あまり、それより以前の歴史、特に人名については光があたっていないように思いました。日本史の教科書は科学的に立証されたものを記述するので、憶測とか、疑問点があるものはあまり記述しないのではと思いました。日本の古墳等からのさらなる歴史的遺物、歴史的資料の発掘調査が期待されます。

二番目は、戦国時代に室町幕府の将軍たちがどのような位置づけにあったのかを知りたかったことです。
金閣寺、銀閣寺の足利義満、義政の2人の将軍の名前はおぼえていましたよ。これに足利尊氏を加えて、3人の将軍名しか頭に浮かんできませんでした。これは私の不勉強からきたものですから、謙虚に反省してます。室町幕府は15代の義昭まで、将軍が15人いたこと分かりました。でも、影が薄かったですよね。戦国時代でしたから、織田信長、豊臣秀吉らの戦国大名にばかり目が行ってしまいましたね。つい最近、三浦綾子の「細川ガラシャ夫人」とか「千利休の妻たち」を読んで、歴史に登場する日当たりの良い歴史上の人物の蔭に、当たり前ですが、日陰(?)の人物の歴史があることを考えたからです。歴史上の人物が必ずしも正義を行ったものではない、ということです。これ以上書くと誤解を招きますので、書きませんが。ただ、勝ちに勝因は必ずしも無くても、負けに敗因は必ず有ると言います。中国の歴史でも日本の歴史も同様のことが言えます。歴史は勝ったものが創るを地でいっていることが分かります。でも、負けてしまったら、いくらなんでもそれ以降の歴史は創れませんからね。高校時代、歴史の時間に先生がよく話してくれたことでした。日本史をそういった観点から読み直すのも良いと思いますね。
でも、本当はどこかのTV番組で、日本の将軍の名前を挙げる問題が出て、徳川幕府の将軍15人は分かるのですが、鎌倉幕府、室町幕府はともに3人しか分からなく、少し悔しい思いをしました。ただ、今回、「もういちど読む山川日本史」を読んで、鎌倉幕府の将軍が3代までではなく、藤原家の将軍2人を入れて5代まであったというのは、勉強になりました。もしかしたら、飲み会の話題に使えるかな、なんて考えたりしています。

三番目は江戸時代のキリシタン禁制、鎖国のことがありました。
キリシタン禁制については、隠れキリシタンを探す踏み絵を日本史で学びました。磔(はりつけ)の刑の記述もありましたかね。当時、なんでこれが厳しい弾圧なのだろうと思っていましたね。その後、こんなのは一つの例で、もっともっと厳しい弾圧が行われていたと知りましたね。遠藤周作の「沈黙」にも、その様子が書かれていましたが、マカオにある聖ポール天主堂跡を旅行で訪ねた時にも、色々と話しを聞き、実際に目で確かめて、本当に残酷なことが行われていたこと理解しました。あの、残酷な仕打ちの記述を期待していた訳ではないのですよ。高校生の学ぶ日本史ですからね。
鎖国については、出島の貿易くらいしか知っていませんでしたが、大黒屋光太夫の小説、シーボルト事件の裏側を描いた小説等で、出島の役割も分かりましたね。漂流民が日本国に戻ってくるところも出島でしたね。出島はこんな役割も果たしていたこと知りましたね。また、ロシア人が開港を求めて函館に来たことは知っていましたが、大黒屋光太夫を、昔、日本史で習ったのか記憶にはありませんでした。また、タイの山田長政の話しも興味深いと思いました。山田長政は小さい頃、漫画で読んで、よく知っていましたよ。でも、タイに出張したのをきっかけに、遠藤周作の本を読み直しましたね。鎖国と関係があるんですね、彼の活躍の裏には。ほんの少しですけれど、「もういちど読む山川日本史」で触れられています。しっかり、山田長政と記述されていましたので、安心しました。
「もういちど読む山川日本史」に知っている人物名が出てくると、そこからどんどん物語が膨らむことも、もういちど日本史を読んだからなのですね。面白いと思いました。

四番目は尊皇攘夷の話しです、というより今話題の坂本龍馬の話しです。つれづれぶろぐですからね。龍馬伝はきちんと毎週、NHK-TVで視ていますからね。でも、私は、昔は個人的に高杉晋作に肩入れしていたように思います。奇兵隊は記述がありましたが、高杉晋作は一行も書かれていなかったので、残念に思いました。でも、こんなことってありますからね。日本史の記述も変わっていいと思っていますから。
坂本龍馬については、あまり日本史で勉強した記憶はなかったのです。海援隊は出てきたのかな。武田鉄也の海援隊で憶えたのかも知れない。「もういちど読む山川日本史」に坂本龍馬が出ていました。薩長連合の一行くらいでしたが、何故かほっとしました。歴史書にでてくるのは、生きて活躍した人が主ですから仕方ないと思います。当時は、岩崎弥太郎の方が有名で、私もこちらの名前を憶えていましたね。今から4年前に長崎のグラバー邸を訪れ、坂本龍馬の写真と一緒に写真を撮ってきたものでした。私は大学3年生の時、九州一周の旅の途中、グラバー邸を訪れました。40年以上前です。この時に坂本龍馬の写真が飾られていたのか全然記憶にありませんし、坂本龍馬の知識もありませんでした。当時、もし龍馬の写真が飾られていたとしても、一緒に写真を撮ったどうか疑問です。龍馬ファンの皆さん、ご免なさい。坂本龍馬は司馬遼太郎が歴史上の大人物に仕立ててしまった感がありますね。そう言えば、昨年出掛けた、鹿児島市には龍馬とおりょうさんの記念碑がありました。歴史は人によって作られる訳ですから、小説家が歴史上の人物にスポットを充てて、人物を発掘しても良いと思います。
尊皇攘夷の話しにはなりませんでした。すみません。

「もういちど読む山川日本史」は、社会人のための高校教科書、ブームだけではわからない本物の歴史が読める本、と本の帯に書いてありましたが、まったくそのとおりでした。若かかりし頃に学んだ日本史をリフレッシュすると同時に、高校卒業後の自分が書物、経験から得た知識、さらに自分史と照らし合わせて読むのも面白いと思います。あの、山川出版から何か支援してもらっている訳ではありませんし、読んでみたら本当に面白いですよ、ためになりますよ、のコメントだけですからね。

そういえば、これも蛇足になりますが、中国の歴史書は本当にためになる、また、面白いと思いますね。司馬遷のように、史実を純粋な目で記述する役割をもった人物がずっといたことが素晴らしい。それも、当時の皇帝の言いなりにではなく、さめた目で正確に歴史を記述する役割を果たしていたのですね。それで、史記(伝説の帝王から夏、殷、周の三代、春秋・戦国時代、秦の始皇帝の時代、さらに項羽と劉邦の事柄も含め、漢の武帝までを記述)、三国志、十八史略と文字を持った中国が歴史書、小説といっても良い、を残していることは、それまた素晴らしいことと思います。日本に文字がもたらされたのは5、6世紀頃と思いますので、それ以前の日本の歴史は中国の書物から知るしかないというのも面白いことです。中国、朝鮮の帰化人はもっと前から日本に来ていましたので、日本人が漢字に接したのはもっと早い時期と思われます。中国、朝鮮の歴史に今まで以上に注目が高まれば、さらに日本史が明らかになります。期待しましょう。

「もういちど読む山川日本史」をもういちど読みましたぶろぐでした。

こんどは、「もういちど読む山川世界史」を読み進めています。ぶろぐにできるほど世界の歴史関連書物、小説を読んではいませんので、溢れ出る知識など無く、こちらはぶろぐにできないかも・・・。





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