ふるさと 北海道雨竜郡沼田町旧浅野炭坑のつれづれぶろぐ、まだまだ

北海道雨竜郡沼田町旧浅野炭坑のつれづれぶろぐ、まだまだ続きます。

地図好きな皆さんならご存じかも知れないのですが、Old Map Room(旧版地形図の部屋)という、地図、地形図が大好きな、ちょっとマニア向けのホームページがありました。私事、ふらぬいは地図、地形図、地理が大好きで、年をとってもこの傾向は変わりませんでした。それが旅好き、街歩き好きにもつながっています。このホームページ、今は名前が変わっているかもしれませんが、をアクセスしていて、湖底に沈んだ炭坑街を見つけました。旧浅野炭坑の街ですね。街の変遷をすごくうまく表現しているので、すばらしいホームページと感心しておりました。5、6年前のことでした。今までぶろぐで、さらっと触れたことはあるんですが、表だって書くことはしませんでした。

そのホームページに、”湖底に沈んだ炭坑街、5万分の1地形図「恵比島」”、があって、旧浅野炭坑新雨竜駅周辺の地形図変遷を見せてくれているのです。旧浅野炭坑に興味のある皆さんのことですから、このホームページにアクセスしたことがあるかもしれませんね。でも、知らない方のために、そのホームページを紹介しますね。

”湖底に沈んだ炭坑街、5万分の1地形図「恵比島」”ホームページ
http://oldmaproom.aki.gs/m03b_railway/m03b_ebishima/f03b_ebishima.htm

このホームページにアクセスして、留萌鉄道の変化並びに湖底に沈んだ炭坑町(あの新雨竜駅近く、つまりホロピリ湖ですね)を手動で、昭和43年、昭和47年、平成5年測量の地図に基づき、見ることができます。今まで使った浅野地区史跡図にくらべて、かなりおおまかな地図ですので、地図そのものにはあまり興味がわかないかも知れませんね。でも、地形図の変遷が分かることは、地図ファンにとって本当に嬉しいものです。

旧浅野炭坑の地図、特に写真撮影されたものとして、1947年(昭和22年)と1978年(昭和53年)を、私の旧浅野炭坑ぶろぐ、”またまた”と”また”で紹介しましたので、そちらのほうが好いといってくれるのなら、それはそれで嬉しいことです。

今回、このホームページ、旧浅野炭坑街の変遷を持ち出してきたのは、たまたま地図関連情報を探していて、ひょんなことから、旧浅野炭坑情報を見つけてしまったからなのです。それは、地図力検定試験の試験問題にありました。あの、地図力検定試験を受けるつもりはないのですが、この旧浅野炭坑の町の変遷地図が問題に出ていたのを、見つけてしまったのです。

それで、第7回地図力検定試験、問31に昭和31年(1956年)測量の新雨竜(浅野)(←左)と平成3年(1991年)測量のホロピリ湖(←右)の地図が出ていて、この地域の変遷について述べたもののうち正しいものを1つ選べ、とあり、設問は以下の①~④の4択でした。(←右左、は解説のため付けました、ふらぬい記)

①地下水汲み上げにより地盤沈下し水没した。
②炭坑が閉山し下流にダムができて水没した。
③鉱害による土壌汚染のため遊水池になった。
④地球温暖化のため海水が進入した。
正解は② 正答率90.6%でした。

このぶろぐを読んでおられる皆さんはもちろん間違う筈はありません。

この後に解説がありました。少し長い解説ですが、引用しますから我慢して下さいね。

”問題にあげた地形図の図名は、左が「新雨竜」、右が「ホロピリ湖」です。ところがその中間の時期は「浅野」という別の図名で呼ばれていたのです。その「浅野」(昭和56年(1981)改測)から取った同じ地域の姿を、すぐ右に載せておきます。(これは、貼付pdfを参照して下さい。ふらぬい記) 図名(地形図の名称)は「当該地形図に注記した居住地名のうち、最も著名なもの」または「図名に適した居住地名が存在しない場合は行政名又は著名な自然地名」から選定することになっています。「新雨竜」→「浅野」→「ホリピリ湖」というように、短期間に2度も図名が変わったのは、閉山に伴う地域の変化により、図名に対応する注記がなくなってしまったための現象です。”

問題の解説に”けち”をつけるつもりは毛頭ありませんが、少し待って下さい、と言いたいのは私だけでしょうか。だって、もともと、この旧浅野炭坑の町は、雨竜郡沼田町字浅野新雨竜が郵便の番地でしたよね。新雨竜(しんうりゅう)は駅の名前で、町の名前はみんなが、浅野(あさの)と呼んでいたと思います。新雨竜が浅野に変わって、さらにホロピリ湖になった訳ではないですよね。あの、浅野炭坑を古河雨竜鉱業所とは言いましたが、ふるさとは、浅野炭坑、ずっと浅野でしたよ。この解説者が言うことが正しいならば、私のふるさとは新雨竜でなければなりません。私は、昭和30年にこの町を離れたのですが、浅野がふるさとと思っていますからね。もし、新雨竜がふるさとと言う方がおられたらごめんなさい。

第7回地図力検定試験の問題、解説をつけますので確認して下さい。問31は19~21頁にあります。
http://www.jmc.or.jp/chizuken/dai7/kaisetsu7.pdf
強制ではありませんので確認は任意です。昭和31年(1956年)、昭和56年(1981年)、平成3年(1991年)の旧浅野炭坑の地図を見ることが出来ます。

こんなことを書いたりしていますが、浅野のことならどんなことでもいい、どんな話しでもいい、というのが旧浅野炭坑をふるさとに思っている人たちではないでしょうか。だって、解説者の説明じゃないですが、浅野がホロピリ湖に沈んで、ふるさとが無くなってしまったのですからね。ふるさとを思い出させる一つ一つが懐かしいことなのですから。

ふるさと 北海道雨竜郡沼田町旧浅野炭坑のつれづれぶろぐ、まだまだでした。

この旧浅野炭坑ぶろぐを公開して、皆さんからコメントを頂きます。嬉しい限りです、本当に感謝しています。
ニックネーム”Q”さん、前にもいただきましたが、浅野小学校を自衛隊が使っていたこと、教えていただきました。
ニックネーム”MK”さん、浅野小学校のクラス分けが、松、竹、梅だったと。幼稚園も在ったこと知りました。私が小学生の時は1クラス(自信は無いです)だけで、幼稚園は無かったように思います。冬の旧浅野炭坑のお話しも懐かしい思いがしました。
(ふらぬい記)

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