旅の想い出その12 ドイツ ボン市

今回の旅の想い出はドイツ、ボン市です。ベルリンの壁が崩壊するまで、西ドイツの首都でしたね。でも、なんとなく影が薄くて、馴染みがない町なのではないでしょうか。ドイツの町はベルリン、ミュンヘン、ジュッセルドルフ、フランクフルト、ケルン、その次にボン、ハンブルクなんかがくるのじゃないですかね。ボンを良く知っていると言う方がおられましたら、ご免なさい。なんと申しましても、みなさんには少し馴染みの薄い町を紹介しますと銘打って始めた旅の想い出ぶろぐですからね。もうそろそろネタ切れになってきたのかも知れませんね。でも、あんまり知らない町よりは少しでも知っている方が、気にしてくれるのではないでしょうか。頑張りますからね。

私はドイツという国には少し引け目を感じていて、どうも馴染めなかった国の一つなのでした。というのは、大学の第2外国語はフランス語を取ったため、ドイツ語がまったく分からなかったからです。大学の電子工学科の学友にはフランス語を取ったものはおらず、全員ドイツ語でした。ドイツ語の誰でも知っている冗談が分からず、困ったこともありました。そういう意味からするとスペイン語もイタリア語も分からないと言えば分からなかったのですが、不思議にこちらの言語はフランス語と親戚関係にあるみたいで、なんとなく言っていることが分かってしまうんですよ。なんとなく、繰り返しますね、親しみがもて、話しが合うといったほうがいいのです。ドイツ人は謹厳実直の国民性と云ったものが態度にも表れるのですよね。そういう点では日本人と似てはいるのです。仕事の友人であるドイツ人も私と同じ、真面目な連中が多かったように思います。本当です。

ボン市に行くには、日本から直行便のフライトはありません(当時です。しかもJALです。)ので、オランダのアムステルダム経由の飛行機、または、フランクフルトまで飛行機、あとは電車で行くことになります。私はオランダ経由で出かけました。ボンの空港では私の荷物が届かず、難儀した思い出があります。寂しいですね、自分が預けた荷物が出てこないのは。こんなところで問題がおこりました。さあ、ドイツ語が分からないぞ。英語が通じるのかしら。心配で心配でそこらをうろつき回りました。英語が分かる人、ドイツ人は英語が分かりますので、自分の荷物が出てこないドイツ人乗客と話しをし、クレームの仲介をしてもらい、空港の係官がテーブルを持ち出してきて、荷物が届かない乗客のクレームを受け付けることになりました。もちろん荷物を預けたタグを持っていますので、申請自体は問題はなく出来ました。滞在先のホテルを書き込んで、もう何もする事はなく、タクシーでホテルに向かいました。あまり良いことのないドイツの旅になりそうと思いました。

仕事をするための資料とカメラは手持ちバッグの中に入れていますので問題はなかったのですが、ホテルにチェックインするときには、フロントで荷物はあとから着くこと、空港の係官との連絡をお願いする旨の話しをしました。ホテルマンは全然不思議には思っておらず、良くある話しと受け取ってくれました。荷物はチェックインから3日後に私の手許に届きました。ヨーロッパから来ている仕事仲間は”ヨーロッパには荷物を預けるほど持ってくるものじゃない、ほらみたことか、だから日本人は”と非難していましたね。ヨーロッパ人は飛行機をバスに乗る感覚で使うので、手荷物は一つにすること、預けないこと、それが安全と言っていました。フライト乗り換えがある時には、いつも気をつけているのですが、共同運行便であることを過信していましたね。といっても自分では手の出しようもないですからね。

相変わらずイントロが長いですね。では、ボン市の紹介から行きますよ。といっても、宿泊したホテル近傍の紹介ですからね。この町はライン川に沿って出来た町です。ほかには、ベートーベン生誕の町でもあります。ボン大学がある学術都市でもあります。人口は約30万人を有しています。えっ、これでお終い、なんて言わないで下さいよ。では、宿泊したホテルです。コンズル・ホテルです。道路に面しているところがホテルの入り口ゲートで、実際はこの中にホテル本体があります。ボン市訪問は12月でした。また、写真を撮った時間が遅く、さらに雨模様で、少し見にくいですが、それなりに由緒あるホテルなのだそうです。
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では、ボンの町を紹介します。Google Mapです。いつも役に立ちますね。
http://maps.google.com/maps?q=%EF%BD%83%EF%BD%8F%EF%BD%8E%EF%BD%9A%EF%BD%95%EF%BD%8C%E3%80%80hotel&hl=ja&view=map&mcsrc=photo&num=20&ved=0CGAQtQU&ei=jY-IS8v7GaHwuAP57Ym-Bg&ie=UTF8&start=0&cid=16446159697162543768&hq=%EF%BD%83%EF%BD%8F%EF%BD%8E%EF%BD%9A%EF%BD%95%EF%BD%8C%E3%80%80hotel&hnear=&ll=50.738139,7.099614&spn=0.007387,0.024161&z=15
コンズル・ホテルから歩きますので、ついてきて下さいね。この地図ではストリートビューが使えませんので、写真を選択して下さい。私の写真より新しい建物の写真が見られます。路面電車が頻繁に行き交いますが交通の妨げにはなりません。

この町では仕事先への移動にタクシーを使いました。12月のドイツ、雨が多く、寒かったですからね。まず仕事先の会議場、プレジデント・ホテルです。街灯が点いていますが、午後4時前ですが、冬のヨーロッパはこんな感じですね。見にくいのはご容赦下さい。
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このホテルはコンズル・ホテルからもそんなに離れてはいなかったので、徒歩でも歩ける距離にあったことは、後で知りました。

実際のボンの町を紹介しますね。これも後で気が付いたのですが、あの、ベートーベン生誕の家、ベートーベン・ハウスがコンズル・ホテルと目と鼻の先にあったのです。この時点では知りませんでしたので、後でお見せしますね。では、コンズルホテルの前の通りをライン川に向かって歩きます。この時期、もう暗いのとさらに雨がふっているのとで本当に見にくい写真になっています。ここ、オックスフォード通りは路面電車も通っています。
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ライン川もホテルから歩いてかなり近いところにありました。ライン川の近くまできました。タイレストランがありました。プーケットという店ですね。満員の盛況でした。今でもあるのですかね。このごろタイ料理はどこの国に行っても人気がありますね。私は、タイ、バンコクには長期間滞在していましたので、タイ料理には思い入れがあります。タイ料理の味、甘辛酸っぱい味付けの良さ、美味しさには、詳しいのです。でも、ボン市紹介には関係有りませんでした。失礼。
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ライン川にやってきました。ボン市の近くではそんなに川幅があるとは思えませんが、流れはゆったりとしています。川の水深はかなりあるのでしょう。
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ケネディ橋の上を電車が通ります。川面を大きな船が通り過ぎます。明るいともっとはっきりみえるのですがね。
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ケルン、ジュッセルドルフを繋ぐフェリーのサービスがあるのでしょうか。
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ヨーロッパでは川の交通利用がうまいですね。このような船がライン川を行き交います。
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ライン川は国際河川(数カ国を流れる)ですので、大きな船が航行しています。ライン川の向こう岸に教会らしき建物も見えます。川の向こう岸に出かけることはありませんでした。
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これもライン川の近くですが、やはりボン市はベートーベンでもっているのでしょうか、ベートーベンという名前のホテルがありました。
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ライン川から離れ、大学の寄宿舎っぽい建物を過ぎ、少し歩くとボン大学がありました。壮麗な建物です。大学構内を歩きます。どなたかの銅像がありました。
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とにかく、宮殿みたいな壮麗な建築物で圧倒されます。
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ここが観光ガイドで紹介されているボン大学の建物です。すばらしいの一語でした。
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暗くて見にくいですが、プロテスタントの由緒ある教会だそうです。名前はすいません、カイザープラッツ教会?とか、ドイツ語読みですから・・・。
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また大きな通りに戻ってきました。コンズル・ホテルはここから歩いてそんなに遠いところにはありませんでした。
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ボン滞在中はあまり天気が好くなく、写真もよいものが少ないのですが、大好きな鉄道駅ボン中央駅にも出かけました。ヨーロッパの鉄道駅にしては大きなほうですね。ヨーロッパの駅ではどこの駅でもそうなのですが、ホームの中に入れます。ホームで中の様子を撮りました。
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またコンズル・ホテルに戻ってきました。
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お気づきでしょうか、道路がずっと濡れていましたね。

ボン滞在最終日は天気がこころもち好くなりました。それで、近くにあった、本当に目と鼻の先です、ベートーベン・ハウスに出かけました。この家はライン川を見学に行った時、また、ボン中央駅を見学に行った帰りにも、建物の前を通り過ぎていました。ベートーベン・ハウスと掲示がありましたが、なんとなく見過ごしていました。それくらい気が付きにくい建物なのです。でも、じっくり眺めて、何故かほっとした感じがしました。あまりに立派な建物だとおかしいですからね。ベートーベンが生まれた家なのですよ。彼はそれなりに不遇な一生を送っていますので、これくらいのものでいいのでは、と好感がもてましたね。
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以上が、ボン市散歩です。

お見せできないのは残念ですが、この町で仕事仲間と一緒にボウリングをしました。会食とパーティを兼ねて行われたものですが、面白いことに、レーンは一つです。また、ピンは自分で立てます。ボールはかなり小さいボールを片手で抱えて投げるのです。これが本当のボウリングとドイツ人は言っていました。私は自慢のボウリングの腕をみせることなく、あっけなくヨーロッパ人に負けてしまいました。ドイツビールを頂きながらのボウリングでした。とても楽しい思い出です。
このボンの町は、あの有名なケルン大聖堂のあるケルン市の隣町に在ります。この大聖堂はボンからでも、近隣の町からでも、どこからでも見えるのです。私はバスの中からの見学でしたが、すっかり、この歴史遺産に見取れてしまいました。観光ガイドによく載っていますね。確かにボン市といえば、観光スポットといえるものばあまりありませんでした。ちょっと言い過ぎかな。私だけが分かっていなくて見てこれなかったかも知れません。しかも、ボンの食事で何を食べたのだろうと考えたら、全然記憶にないのです。それで、思い出しました。帰国時、ボンの空港、ケルン・ボン空港と云うのですね、でフランクフルトソーセージとキャベツの漬け物、ザワークラウトと言うんでしたね、それとドイツビールを飲んだのを思い出しました。ドイツファンの方、ごめんなさい。
帰りのフライトに荷物を預け、荷物は東京で受け取る手続きにしたのですが、本当はアムステルダム空港ではうまく次のフライトに載せ変えてくれたか心配してました。でしたが、アムステルダムからのフライト、JALに乗ったら、そんなことすっかり忘れてしまいました。JALの機内はもう日本国ですので、ドイツのこと、ボンのこと、仕事のこともどこかに行ってしまい、快適なフライトで日本に戻ってきました。

ドイツ、ボン市を思い出すと、いつも暗い街並みと静かにゆったりと流れるライン川、ボン大学構内の壮麗な佇まいを思い出します。ドイツのボンは喧噪の少ない静かな町でしたね。ベートーベンの交響曲の話しをしますと、私は昔から交響曲7番、あのリズミカルな響きの交響曲が大好きで、名前の付いている交響曲(英雄、運命、田園、合唱です)以外の交響曲を大好きというのを少し自慢にしていました。その交響曲7番が、あの”のだめカンタービレ”ですっかり有名になってしまって、うれしいやら、はずかしいやら、内心、忸怩たる思いがありましたね。でも、ラインの流れ、ボン市内の佇まいを思い出して、やはりベートーベンの交響曲は重厚であるべきとの考えも強くなりました。ベートーベンの交響曲3、5、6、9番がずっと名曲とされてきたのは、ラインの流れと、このボンの町の影響もあるのではないでしょうかと。でもやっぱり、ベートーベンは交響曲7番が大好きです。

暗い写真ばかりで、申し訳ないとの思いもあります。ドイツ、ボン市、始めから終わりまで、かなり暗めの旅の想い出になってしまいました。ながながとお付き合い有り難うございました。

旅の想い出、ドイツ、ボン市でした。

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