旅の想い出その9 イタリア ミラノ 霧の風景
今回の旅の想い出はイタリア、ミラノです。出かけたことがある人も多いのではないでしょうか。出かけた方はミラノ観光案内通りに旅はうまくいきましたか。そううまくはいかなったと言う人もいますよね。だってイタリアですからね。イタリアではよくストライキはあるし、イタリア人は好き勝手なところもあるし、時間を守らないし、ちょい悪っぽくて、少し恐いところもありますよね。こんなこと書くとイタリアへは行けなくなってしまうかも知れませんね。でも、旅が終わってあとから思い出すと、良いところだったね、好い人たちでしたね、美味しいかったし、楽しかったよね、なんて賛美だらけということにもなります。ミラノばかりではありませんがね。
それで、イタリアのミラノです。私はミラノへは仕事出かけたのと、観光ででかけたのとがあります。観光は家族揃って出かけました。イタリアはそれなりに出かけているんですよ。それだけイタリアが好きということになりますね。あっ、イタリアのローマは別に書きますからね。このミラノも何回かに分けて紹介することにしますね。まずは仕事で出かけた霧のミラノ訪問記です。これも、あの、ミラノに到着した時が霧のミラノだったと言うことですからね、あまり意味がありません。でも、私は到着してミラノ中央駅近くで空港からのバスを降り、ああ霧のミラノだと思った瞬間、須賀敦子さんの名著、「ミラノ 霧の風景」を思い浮かべました。ですから、今回のタイトルを”ミラノ 霧の風景”と名付けました。なんと言っても、イタリア、ミラノ訪問で霧の歓迎を受けたのですからね。皆さんは、「そんなこと思い出すなんて、余裕だね」なんておっしゃりたいでしょうが、私は、当時はイタリア語なんて、ボンジョルノとグラッチェくらいしか話せませんでしたので不安ではありました。でも仕事の相手はイタリア人ですからね。時間にルーズで、ちょい悪で、好き勝手なイタリア人かも知れないので、日本人として、自信を持って対応しようと思いましたね。
では、いつものように泊まったホテルを紹介しますね。ミラノ・ヒルトン・ホテルです。霧のミラノで始まりましたので、ちょっとそれっぽいホテルの紹介から始めますね。それと、夜霧に浮かぶミラノ中央駅です。かなり見にくいですね。でも風情がありますでしょう。
ミラノ中央駅前を再度訊ねました時にもう一度撮った写真です。こんどは少し賑やかですね。でも少し夜霧がありますね。いいでしょう。霧が少なくなったミラノ中央駅です。
ミラノの地図です。Google Mapです。相変わらず便利です。ミラノは大都市ですので全部は使いませんからね。
https://maps.google.co.jp/maps?q=Milano+Centrale+Railway+Station,+Piazza+Duca+D'Aosta,+1,+20124+Milano,+Lombardia,+%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2&hl=ja&ie=UTF8&hnear=Milano+Centrale+Railway+Station,+Piazza+Duca+D'Aosta,+1,+20124+Milano,+%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2&geocode=FUAPtgIdO3KMAA&brcurrent=3,0x0:0x0,0&t=m&z=15
ミラノ中央駅、ヒルトンホテル、駅から放射状に伸びる街並み、ドゥオモ近辺のみですからね。うまく使って下さいね。
ミラノ中央駅前の霧に煙る大通りです。ナポ・トリアーニ通りとV.ピザーニ通りです。これらの通りはよく歩きました。霧がかかっていいでしょう。仕事で私は地下鉄ばかりを使っていましたので、とにかくミラノ中央駅、チェントラーレが仕事に出かける起点で、かつここに戻ってきたら仕事が終了と、いつも考えていました。チェントラーレ、中央という意味です、かつイタリア語らしい響きです。すっかり好きな言葉になってしまいました。
霧にけぶるミラノ、”ミラノに霧の日は少なくなったというけれど、記憶の中には、いまもあの霧が静かに流れている”須賀敦子の”ミラノ 霧の風景”の文章そのものです。すばらしいでしょう。なんて書くと、自己満足してら、との誹りを免れませんね、反省。
この霧の風景で終わってしまったら、ブーイングがきますので、ミラノの町歩きです。
今回のミラノ町歩き、ミラノ散歩の中心はドゥオモ周辺です。仕事を終えてからの散歩でしたので、ホテルのコンシェルジュに訊いて、ミラノ観光で一番有名なドゥオモを観にでかけました。日程も時間も大変厳しかったのと、イタリアにも、ミラノにも慣れていなかったので、歩きがかなり狭まってしまいました。では、紹介しますね。地下鉄ドゥオモ駅を地上に出ますと、周りが皆、著名な建物で埋め尽くされます。名前の知らない立派な建物で圧倒されます。王宮、ドゥオモ博物館、ドゥオモ(大聖堂)、V.エマヌエーレのガレリアが目に飛び込んできます。順番は合っていませんのでご容赦下さい。
こんどはガレリアの中に入ります。プラダ本店もありました。通り抜けだけではありません。別な方向も撮りました。
ガレリアの外にでました。こちらにも著名な建物があります。レオナルド・ダ・ヴィンチ像やあのスカラ座もありました。
スカラ座を過ぎて少し年代物の建物が通りの両側に次々に現れてきました。途中にはポルディ・ペッツィオーリ美術館等著名な美術館もありました。もっとお見せしたいのですが、また地下鉄でチェントラーレ経由、ヒルトンホテルに戻りました。
こんどは美しいミラノ・ヒルトン・ホテルをお見せします。部屋もレストラン等の施設も非常に機能的に出来ていて、少し心配でしたミラノ滞在を助けてくれましたね。
仕事を終えて気分が晴れた日、ミラノ中央駅からも再度ミラノ散歩を試みました。ミラノ中央駅の右脇に、ミラノ・マルペンサ空港行きのバス乗り場がありました。また、中央駅から少し離れたところに市電の駅もありました。ミラノに出かけると、地下鉄、市電どちらを利用しても便利ですね。市バスは利用しませんでしたので分かりませんが。
どこかミラノらしい通りはないかと歩き、サン・グレゴリオ通りを歩き、日本料理店をみつけました。ミラノには日本料理店が多くあるのだそうです。そこかしこを歩き、V.ピザーニ通りを歩き、またミラノ中央駅に戻ってきました。ミラノの新しい市街ができていました。
ミラノ中央駅から伸びている、ナポ・トリアーニ通りのチンチナート広場近くに、前日イタリア料理を頂いたレストランがありましたので店の名前を撮っておきました。Cavallini(カバリニ)というイタリアンレストランで、ミラノの名物、ミラノ風カツレツと海の幸のリゾット、スパゲッティ・ボンゴレをいただきました。完全に食べ過ぎましたね。料理をお見せできないのが残念ですね。
あの、サンタ・マリア・デレ・グラツィエ教会には行きましたし、最後の晩餐もしっかり見てきました。残念ながら、お見せする写真を撮ってくるのを忘れました。それはすばらしいものでしたね。教会の中に入るのには予約をしていないと入れないのですって。仕事の相手のイタリア人が予約をとってくれていました。これは後から知りました。彼は、あの、コークのブログで書いたイタリアの友人です。読んでくれましたか? 読んでませんよね、アイルランドのコークが好きという人はそんなに多くないですから。それで、最後の晩餐を見学するには事前予約が必要と知りました。これを知っていながら家族旅行では見学に失敗してしまいました。このブログでは関係有りませんでしたね。
この町では地下鉄を利用して、ミラノ中央駅、チェントラーレ駅ですね、とカッシーナ・デ・ペチ駅の往復に終始しました。仕事先がカッシーナ・デ・ペチの駅から歩いてすぐ近くにありました。でも、そちらのことはブログに書いてもつまらないですから、書きませんからね。
旅の始めと終わりは空港になりますので、ミラノ・マルペンサ空港を離陸時、飛行機側から撮った写真をお見せしますね。当時はここにも元気なアリタリア航空の勇姿がありました。この航空会社も破綻騒ぎがあって、どこかの航空会社と一緒になるとの話しもありました。昨年、アリタリア-イタリア航空に名前を変えて再生したと伺っています。なお、私が乗っているのはJAL機でした。
旅の想い出、イタリア、ミラノ 霧の風景ぶろぐでした。
なんか、あまり特徴も無く、中途半端なミラノ観光ブログになってしまいました。本当に失礼しました。めりはりをつけようと意気込んだのですがね。でも、つれづれぶろぐですからご容赦下さい。次はこの経験をもとに家族で出かけた、少し違ったミラノの風景、コモ湖も紹介する予定です。よろしくお願いします。
それで、イタリアのミラノです。私はミラノへは仕事出かけたのと、観光ででかけたのとがあります。観光は家族揃って出かけました。イタリアはそれなりに出かけているんですよ。それだけイタリアが好きということになりますね。あっ、イタリアのローマは別に書きますからね。このミラノも何回かに分けて紹介することにしますね。まずは仕事で出かけた霧のミラノ訪問記です。これも、あの、ミラノに到着した時が霧のミラノだったと言うことですからね、あまり意味がありません。でも、私は到着してミラノ中央駅近くで空港からのバスを降り、ああ霧のミラノだと思った瞬間、須賀敦子さんの名著、「ミラノ 霧の風景」を思い浮かべました。ですから、今回のタイトルを”ミラノ 霧の風景”と名付けました。なんと言っても、イタリア、ミラノ訪問で霧の歓迎を受けたのですからね。皆さんは、「そんなこと思い出すなんて、余裕だね」なんておっしゃりたいでしょうが、私は、当時はイタリア語なんて、ボンジョルノとグラッチェくらいしか話せませんでしたので不安ではありました。でも仕事の相手はイタリア人ですからね。時間にルーズで、ちょい悪で、好き勝手なイタリア人かも知れないので、日本人として、自信を持って対応しようと思いましたね。
では、いつものように泊まったホテルを紹介しますね。ミラノ・ヒルトン・ホテルです。霧のミラノで始まりましたので、ちょっとそれっぽいホテルの紹介から始めますね。それと、夜霧に浮かぶミラノ中央駅です。かなり見にくいですね。でも風情がありますでしょう。
ミラノ中央駅前を再度訊ねました時にもう一度撮った写真です。こんどは少し賑やかですね。でも少し夜霧がありますね。いいでしょう。霧が少なくなったミラノ中央駅です。
ミラノの地図です。Google Mapです。相変わらず便利です。ミラノは大都市ですので全部は使いませんからね。
https://maps.google.co.jp/maps?q=Milano+Centrale+Railway+Station,+Piazza+Duca+D'Aosta,+1,+20124+Milano,+Lombardia,+%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2&hl=ja&ie=UTF8&hnear=Milano+Centrale+Railway+Station,+Piazza+Duca+D'Aosta,+1,+20124+Milano,+%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2&geocode=FUAPtgIdO3KMAA&brcurrent=3,0x0:0x0,0&t=m&z=15
ミラノ中央駅、ヒルトンホテル、駅から放射状に伸びる街並み、ドゥオモ近辺のみですからね。うまく使って下さいね。
ミラノ中央駅前の霧に煙る大通りです。ナポ・トリアーニ通りとV.ピザーニ通りです。これらの通りはよく歩きました。霧がかかっていいでしょう。仕事で私は地下鉄ばかりを使っていましたので、とにかくミラノ中央駅、チェントラーレが仕事に出かける起点で、かつここに戻ってきたら仕事が終了と、いつも考えていました。チェントラーレ、中央という意味です、かつイタリア語らしい響きです。すっかり好きな言葉になってしまいました。
霧にけぶるミラノ、”ミラノに霧の日は少なくなったというけれど、記憶の中には、いまもあの霧が静かに流れている”須賀敦子の”ミラノ 霧の風景”の文章そのものです。すばらしいでしょう。なんて書くと、自己満足してら、との誹りを免れませんね、反省。
この霧の風景で終わってしまったら、ブーイングがきますので、ミラノの町歩きです。
今回のミラノ町歩き、ミラノ散歩の中心はドゥオモ周辺です。仕事を終えてからの散歩でしたので、ホテルのコンシェルジュに訊いて、ミラノ観光で一番有名なドゥオモを観にでかけました。日程も時間も大変厳しかったのと、イタリアにも、ミラノにも慣れていなかったので、歩きがかなり狭まってしまいました。では、紹介しますね。地下鉄ドゥオモ駅を地上に出ますと、周りが皆、著名な建物で埋め尽くされます。名前の知らない立派な建物で圧倒されます。王宮、ドゥオモ博物館、ドゥオモ(大聖堂)、V.エマヌエーレのガレリアが目に飛び込んできます。順番は合っていませんのでご容赦下さい。
こんどはガレリアの中に入ります。プラダ本店もありました。通り抜けだけではありません。別な方向も撮りました。
ガレリアの外にでました。こちらにも著名な建物があります。レオナルド・ダ・ヴィンチ像やあのスカラ座もありました。
スカラ座を過ぎて少し年代物の建物が通りの両側に次々に現れてきました。途中にはポルディ・ペッツィオーリ美術館等著名な美術館もありました。もっとお見せしたいのですが、また地下鉄でチェントラーレ経由、ヒルトンホテルに戻りました。
こんどは美しいミラノ・ヒルトン・ホテルをお見せします。部屋もレストラン等の施設も非常に機能的に出来ていて、少し心配でしたミラノ滞在を助けてくれましたね。
仕事を終えて気分が晴れた日、ミラノ中央駅からも再度ミラノ散歩を試みました。ミラノ中央駅の右脇に、ミラノ・マルペンサ空港行きのバス乗り場がありました。また、中央駅から少し離れたところに市電の駅もありました。ミラノに出かけると、地下鉄、市電どちらを利用しても便利ですね。市バスは利用しませんでしたので分かりませんが。
どこかミラノらしい通りはないかと歩き、サン・グレゴリオ通りを歩き、日本料理店をみつけました。ミラノには日本料理店が多くあるのだそうです。そこかしこを歩き、V.ピザーニ通りを歩き、またミラノ中央駅に戻ってきました。ミラノの新しい市街ができていました。
ミラノ中央駅から伸びている、ナポ・トリアーニ通りのチンチナート広場近くに、前日イタリア料理を頂いたレストランがありましたので店の名前を撮っておきました。Cavallini(カバリニ)というイタリアンレストランで、ミラノの名物、ミラノ風カツレツと海の幸のリゾット、スパゲッティ・ボンゴレをいただきました。完全に食べ過ぎましたね。料理をお見せできないのが残念ですね。
あの、サンタ・マリア・デレ・グラツィエ教会には行きましたし、最後の晩餐もしっかり見てきました。残念ながら、お見せする写真を撮ってくるのを忘れました。それはすばらしいものでしたね。教会の中に入るのには予約をしていないと入れないのですって。仕事の相手のイタリア人が予約をとってくれていました。これは後から知りました。彼は、あの、コークのブログで書いたイタリアの友人です。読んでくれましたか? 読んでませんよね、アイルランドのコークが好きという人はそんなに多くないですから。それで、最後の晩餐を見学するには事前予約が必要と知りました。これを知っていながら家族旅行では見学に失敗してしまいました。このブログでは関係有りませんでしたね。
この町では地下鉄を利用して、ミラノ中央駅、チェントラーレ駅ですね、とカッシーナ・デ・ペチ駅の往復に終始しました。仕事先がカッシーナ・デ・ペチの駅から歩いてすぐ近くにありました。でも、そちらのことはブログに書いてもつまらないですから、書きませんからね。
旅の始めと終わりは空港になりますので、ミラノ・マルペンサ空港を離陸時、飛行機側から撮った写真をお見せしますね。当時はここにも元気なアリタリア航空の勇姿がありました。この航空会社も破綻騒ぎがあって、どこかの航空会社と一緒になるとの話しもありました。昨年、アリタリア-イタリア航空に名前を変えて再生したと伺っています。なお、私が乗っているのはJAL機でした。
旅の想い出、イタリア、ミラノ 霧の風景ぶろぐでした。
なんか、あまり特徴も無く、中途半端なミラノ観光ブログになってしまいました。本当に失礼しました。めりはりをつけようと意気込んだのですがね。でも、つれづれぶろぐですからご容赦下さい。次はこの経験をもとに家族で出かけた、少し違ったミラノの風景、コモ湖も紹介する予定です。よろしくお願いします。































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